葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(115)

掲載日時 2016年07月30日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年8月4日号

◎快楽の1冊
『匿名交叉』 降田天 宝島社 1480円(本体価格)

 女性編集者。経済産業省に勤める男。これら2人の孤独な心を描いた物語だ。と同時に、かなり作りに凝ったミステリーでもある。
 主人公・楓は今まで出版社で順調なキャリアを積んできた。4歳から6歳くらいまでの女児をターゲットにした雑誌で、仕事の中心を担うようになる。しかし、その母親に向けた付録の小冊子で批判を受けてしまった。広告に専業主婦を元気づけるようなコピーを入れた。それが逆に専業主婦を見下している表現だと思った女性たちが、インターネットで炎上を始めた。責任を取らされる形で、その雑誌編集から一時外れるように命じられた。
 悔しさを噛みしめながら、フリーライターに企画の過程で教えてもらった〈ソラパパ〉というハンドルネームの人物によるブログをパソコンで見る。男性が幼い娘にゲームキャラクターなどのコスプレ衣装を手作りで着せ、可愛がっている、という内容だった。楓は辛辣なコメントを、もちろんハンドルネームで書く。無理にコスプレ衣装を着せているのではないか、本当に可愛がっているのではなく、その行為は自己満足ではないか、と。ここから楓とソラパパのネット上の戦いが始まるのである。
 面白いのはただ楓のみの視点でストーリーが進むのではなく、ソラパパも一方の主役となり、その日常生活が描かれていくところだ。冒頭に挙げた経済産業省に勤める男、棚島である。彼の妻は長年、意識不明で入院しており、娘、母、独身の妹に囲まれて日々ストレスに包まれている。そして楓も夫はいるが、ある理由があって常に不安を抱えて生きているのだ。
 本作は人間同士の分かり合えなさ、すなわちディスコミュニケーションをテーマにしている。実際の生活でのいら立ちを忘れるためのSNSで、また騒動が起きる。ネット社会の負の部分を描いた小説だ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 坂爪真吾という名前を覚えておこう。重度身体障害者男性に対する射精介助サービスを目的としたNPO『ホワイトハンズ』を設立し、障害者の性という問題に正面から取り組んでいる人だ。
 その坂爪さんが執筆した最新の著書が、『セックスと障害者』(イースト・プレス/861円+税)である。
 一般に軽視されがちだが、男性である以上、障害者だってセックスしたい。射精することは、障害者の生活の向上や、自尊心のケアにもつながる。
 だが、誰が、どのように介助すべきか−−そうしたテーマを、全国で開催中の「障害者の性」基礎研修や、実際の介助現場の模様をルポすることで、啓蒙しようという意欲的な書籍だ。
 射精介助をデリヘル業者に依頼する場合の予約代行やラブホテルに行くときの送迎など、多くのサポートを要することが詳細につづられている。
 同時に、そうしたサービスが現代社会に求められる障害者支援の課題であるにもかかわらず、一般にはまだまったく浸透していないことも、思い知らされる。
 以前、都内のラブホテルに車イスで入って行く男性の姿を見掛けた。かたわらには、男性が寄り添っていた。ほどなくデリヘル嬢と思われる女性が、ホテルの門をくぐって行った。
 障害者の性的支援には、介助する人やホテル側、風俗業界の協力が必要ということを表す光景だった。そんな知られざる課題に、この機会に触れてみることをオススメしたい。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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