菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(106)

掲載日時 2016年05月28日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年6月2日号

◎快楽の1冊
『ドライ・ボーンズ』 トム・ボウマン/熊井ひろ美=訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 920円(本体価格)

 仕事にいちいち自分のプライベートを持ち込む人は、そう多くはいない。家庭に仕事を持ち込まない、というフレーズをよく聞くが、その逆もしかりなのだ。
 皆がプライベートを露骨に見せれば、まったく仕事は進まないのである。そして個々人は、むしろ仕事に没頭することによって私生活での悩みを忘れることができる、という心の事情もあり得る。
 本書『ドライ・ボーンズ』は2014年に原書刊行され、アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀新人賞を得ている。ペンシルベニア州の田舎町ワイルド・タイムが舞台である。田舎がゆえに大掛かりな警察組織も置かれておらず、主人公ヘンリー・ファレルが唯一の警察官と言ってもいいくらいだ。それでもほかには保安官や検死専門の医師がいて、いざとなれば協力して捜査に挑む。
 雪解けの季節。体が部分的に欠損した若い男の死体が発見された。何者かに殺されたようだ。間もなく、ファレルの助手ジョージ・エリスの死体も見つかる。当然のことながらファレルは事件解決を目指して、地元での地道な聞き込み捜査を開始するのである。
 田舎町というのは閉鎖空間であり、ミステリー小説のパターン化した舞台設定だ。容疑者の数は限定され、狭い地域での探偵役の行動はある程度予測できるので、ゲーム感覚を楽しめるわけである。ただ、頭脳明晰な名探偵とは違って、本作のような警察官が主役のハードボイルドは冒険小説の要素もあり、それが思いがけないスリリングな展開へ向かったりもする。
 洗練されてない自然が豊富な地域で各々自立して生きている住民は、時にファレルをピンチに陥れる。しかし彼は、今は亡き妻との想い出を拠り所に踏ん張り続けるのだ。これこそまさにプライベートが仕事の原動力になっている例ではないか。好感の持てる一作だ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版/780円+税)とは、何とも衝撃的なタイトルである。
 以前、不倫している人妻に取材した際、「(夫が)死ねばいいのに」と平然と言い放った女性に出会った。彼女は家庭不和という問題に悩み、夫を心の底から憎んでいた。だが、この本に登場する主婦たちは、特に家庭が崩壊しているというワケでもない。表向きは平穏な家庭を維持しつつ、胸の内はまったく違っている、そこが怖い。
 共稼ぎ世帯で日常、特に意識もせず夫が口にする言葉に、「夕飯は軽めでいいよ」がある。妻も働いて帰宅しているのに、夫は何もしない。「軽めでいい」と一見、妻を思いやる発言に見えて、実は家事は女がすべきという、亭主関白丸出しの態度に満ちている。
 「おまえはもう、女じゃない」−−そんなモラハラ発言も、日常茶飯事。太った、化粧しない、病気で子宮を摘出した妻らに、夫は悪意なく口走る。妻は傷つき、憎悪を募らせる。
 おそらく、本誌読者の家庭でも頻繁に起きているだろう夫婦の軋轢が積もり積もると、「死んでくれ」と考える妻が、いとも簡単に出現する。考えただけで、身震いしてしまうだろう。
 著者は労働や経済を専門とするジャーナリストの小林美希さん。夫の収入が減り、妻もフルタイムで働かざるを得ない日本の労働環境から、女たちの隠れた心情をひもといている。
「ウチは大丈夫」と高をくくっている男性こそ、一読してみてはどうだろう。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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