プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「キラー・カール・クラップ」ただの二番煎じではない 新日初期の悪役外国人

スポーツ・2019/10/08 22:30 / 掲載号 2019年10月17日号

「旗揚げ当初の新日本プロレスには、二流、三流の外国人しかいなかった」とはよく言われることだが、あらためて見れば味わい深い選手もいた。初期のシングル総当たり「ワールドリーグ戦」で主役を張ったキラー・カール・クラップも、そんな1人であろう。

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 創成期の新日本プロレスが外国人の招聘に苦戦する中、ライバル団体の全日本プロレスには、世界的にも名高いトップレスラーたちがこぞって参戦していた。

 ジャイアント馬場の政治力により、新日は業界最大手であるNWAからのルートを遮断され、有名選手の獲得がかなわなかったのである。

 しかし、それでリング上がつまらなかったのかというと、必ずしもそうとは限らない。
「70年代半ば、新日参戦で話題を呼んだマクガイヤー兄弟のことを覚えている人は多いでしょうが、では、その頃のNWA王者が誰だったかを答えられるファンは少ないのでは?」(プロレスライター)

 念のため正解を記しておくと、マクガイヤー兄弟が初来日した1974年にNWA王者だったのはジャック・ブリスコで、馬場がそのブリスコを破って初めてNWA王座を獲得したのも同年のことだった。

 馬場vsブリスコのNWA戦が行われるその一方で、アントニオ猪木は1人でマクガイヤー兄弟を相手にする変則マッチに勝利しており、そのどちらの試合が面白かったかといえば案外と評価は分かれるだろう。
「日本プロレス時代に話題になったものの、全盛期をとっくにすぎていたグレート・アントニオをブッキングして猪木との対決を実現するなど、有名選手が呼べないなりに工夫して観客を集めていたわけです」(同)

 まだ新日にテレビ放送がついていなかった頃は、のちにタッグチームのザ・キウイズとしても活躍するボブ・ミラーにマスクをかぶせて、ザ・タイガーを名乗らせたりもした。佐山聡以前にも新日版タイガーマスクがいたわけで、これも地方巡業においては人気を集めていたという。

 さて、その頃にエース級の扱いを受けていた悪役外国人に、キラー・カール・クラップがいる。
「190センチ超の大柄な体格で、試合中のアクションが大きく表情も豊か。実はテクニック的にも優れていて、猪木とのシングル戦において序盤でグラウンドの攻防を繰り広げたこともあります。このようにヒールとしては申し分なかったのですが、いかんせんナチスを彷彿させるキャラで得意技がクロー攻撃となると、フリッツ・フォン・エリックの二番煎じ感が強すぎました」(同)

 とはいえ日本プロレス末期にはインタータッグ王座を2度獲得するなど、大物とは言わないまでも名前の知られた選手であり、当時の新日にとっては貴重な人材であったに違いない。

★リーグ戦を盛り上げた悪役適性

 1974年の「第1回ワールドリーグ戦」の目玉として参戦したクラップは、’76年まで同シリーズのみに参戦している。
「クラップの来日を絞ったのは、当時はアメリカでもトップどころで戦っていただけに、ファイトマネーが高額だったというのもあるでしょう」(同)

 そうそう何度も呼べないので、単発シリーズの主役を任せたというわけだ。

 その第1回大会においてクラップは、予選リーグと決勝リーグの2度にわたって猪木から勝利を収めて、決勝に進出。同点で猪木と坂口征二が並び、5月8日、東京都体育館(当時)において巴戦での優勝決定戦が行われることになる。

 クラップは決勝リーグで坂口からも勝利していたため相手選択の権利があり、まずは坂口を指名しての第1試合。しかし、ここは坂口のダイナミックな攻めに苦しみ、凶器を使っての反則負けとなる。

 続いて坂口と猪木の対戦は、同年3月、猪木vsストロング小林の興奮も冷めやらぬ中で行われた新日ナンバーワン決定戦。決勝リーグでの初対決は引き分けに終わっていたため、完全決着への期待が高まった。

 坂口がパワーで攻め込むと猪木もテクニックで応戦。白熱の戦いが繰り広げられる中、猪木に4の字固めを決められた坂口がエプロンに逃れたところで、クラップが手下のインベーダーを引き連れて乱入。クラップの集中攻撃を受けた坂口は額から大流血してドクターストップ、猪木の勝利となった。

 そうして迎えた猪木vsクラップの決着戦。日本人頂上対決をぶち壊された観客の怒りを背負った猪木は、逃げ回るクラップに容赦なしの鉄拳制裁。クローや凶器攻撃もはねのけて血祭りに上げると、弓矢固めでギブアップを奪ってみせた。

 今なら茶番ともされそうな展開ながら、これを成立させたのは巴戦という企画力と全盛期の猪木のカリスマ性、そしてクラップの悪役適性によるものであり、こうして振り返ってみると、クラップもなかなか優秀な選手だったと言えるのではなかろうか。

キラー・カール・クラップ
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PROFILE●1916年4月24日生まれ〜2002年4月28日没。アメリカ合衆国ミシガン州出身。
身長191㎝、体重110㎏。得意技/バックドロップ、フライング・ボディシザース・ドロップ。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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