森咲智美 2018年11月22日号

日露問題のキーマン 鈴木宗男代表(新党大地)が激白 「北方領土解決のため男の勝負をする!」(1)

掲載日時 2016年12月13日 10時00分 [政治] / 掲載号 2016年12月22日号

 12月15日、ロシアのプーチン大統領が来日し、安倍晋三首相は地元山口県で会談に臨む。安倍首相は長年にわたりプーチン大統領と個人的な信頼関係を築き上げ、北方領土問題の解決には並々ならぬ意欲を見せている。今回の首脳会談はその総決算となる。

 今はただ静かに日露首脳会談を見守りたいというのが、私の気持ちです。なぜなら、何か話すと意図と違った捉え方をされてしまい、期待値のハードルを上げてしまう恐れがあるからです。非常に重要な首脳会談ということもあり、私を含めて外野の人間がとやかく言うことは避けた方がよい。首相の判断に一任することが何より重要なのです。
 ただ、私から強くお願いしておきたいことは、国民の皆さまには、北方領土についてもっと関心を持っていただきたい。そしてマスコミの皆さまには、歴史的な経過をもっと勉強してほしいということです。

 期待値の高まりもあってか、あちこちに「二島先行」だとか「四島一括」という言葉が躍っています。確かに共産主義国のソ連において、当時の日本政府は「四島一括返還」を主張していたし、しかも「即時」とまで注文を付けていました。ただしそれは、旧ソ連が「領土問題は存在しない」との立場を取っていたからなんです。
 しかし、'91年にソ連が崩壊し、その後登場したエリツィン大統領は戦勝国、敗戦国の枠組みに捉われず、法と正義に基づいて話し合いで解決しようと柔軟な姿勢を示しました。これに対し、日本政府も四島の帰属問題を解決し、平和条約へと方針を変えたのです。この事実を国民によく説明してこなかったことが、北方領土問題解決の大きな障害になっていたと思います。

 '01年森喜朗政権下で生まれた北方領土返還の可能性が頓挫したのは、一部の外務官僚の策動だという話もある。

 森総理時代の'01年3月にイルクーツクで森・プーチン会談が開かれました。私はあの会談が、島が最も日本に近づいた瞬間だと思っています。
 しかし、会談直後の'01年4月に小泉純一郎政権が誕生し、逆に島は離れていってしまった。小泉元総理はアメリカ一辺倒だったし、日露関係について過去の経緯も十分知らなかった。その結果、日露関係は次第に停滞し、空白の10年に突入してしまったのです。そして、あのタイミングで私も逮捕されてしまった。しかし、当時、官房副長官だった安倍現首相は「鈴木先生は政府の方針に従って活動されている」と記者会見等で言ってくれた。

 そんな安倍首相が解決へ意欲を見せているので、これに期待するしかないと思っています。領土問題、とりわけ国家主権に関わる問題は、トップリーダー・最高首脳の判断でしか解決できないものです。
 これまで戦争で失った領土を、一滴の血も流さずに取り戻したことなど歴史的にありません。日本はそのくらい難しいことをやろうとしているのです。

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