菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 田中角栄・はな夫人(上)

掲載日時 2017年09月15日 10時00分 [政治] / 掲載号 2017年9月21日号

 田中角栄元首相については、読者諸賢、知識を相当にお持ちと拝察している。
 学歴は旧制尋常高等小学校卒。16歳で単身、新潟から上京。職を転々、一方で苦学の上、やがて土建会社をおこし、そして政界入りした。「決断と実行」のもとに、道路、新幹線、住宅、河川整備、電源開発など、荒廃したこの国の再建へ向け、じつに33本の法律(議員立法)もつくってみせた。田中の存在なくば、戦後の復興は大きく遅れていたものと思われる。そのうえで、都市と地方の「格差是正」「過疎・過密解消」に向けて『日本列島改造論』を引っ提げ、ついには「今太閤」ともてはやされ天下を取ってしまった。
 しかし、金脈・女性問題を問われて首相の座を追われ、ロッキード事件で嫌疑を問われ、裁判のさなかに病に倒れてその人生に幕を閉じた。まさに、昭和のこの国の勃興期を走り抜けたドラマチックこのうえない人物であった。それが諸賢の知る「田中角栄像」だったと思われる。
 そこで、英雄色を好む、今回は“田中と女”に絞ってその人物像を浮き上がらせてみたい。

 男は人生で女とどう関わったかで、その人物の器量が問われる。そうした華やかな女性関係のはざまに立ち、人知れず胸を痛めていたのが妻・はなであったことは言うまでもなかった。
 筆者は48年、永田町を取材しているが、振り返って田中くらい女性にモテた政治家を知らない。隠れて悪戦苦闘、不倫だ、ゲスだと指弾を浴びて消えていくいまの政治家とは雲泥の差、堂々の“女遊び”っぷりでもあったのだった。
 田中には郷里・新潟の同郷で、陣笠代議士の頃から亡くなるまで関係のあった秘書として公私とも二人三脚で歩んだ「越山会の女王」「金庫番」とも呼ばれた佐藤昭子、田中土建工業社長の頃からの顔なじみで身請けした「花街の母」とも言われた花街・神楽坂の元芸者の辻和子が愛人としての“双璧”である。佐藤、もとより辻の2人には、それぞれ子供がいる。

 田中がいかに女遊びの達人だったか、かつモテたのか、こんなエピソードがある。
 田中の秘書を長く務めた故・早坂茂三(のちに政治評論家)は、筆者にこう話してくれたことがある。
 「田中は、まあモテたね。玄人、シロウト関係なしだ。一言で言えば、遊び慣れていたからだ。何事も『イエスか、ノーか』でやる。仮に『ノー』なら、それ以上はネチネチしない。『そうか、そうか』であきらめる。芸者などの玄人筋の女性が一番嫌うのは、しつこく、デレデレ、ジメジメ型。そして、一度でも関係を持つと“旦那ヅラ”をする輩だ。田中は、まったくそうしたタイプではなかった。もとより、カネばなれはいい、座敷も陽気そのもので、田中が来ていると大声で笑いがたえぬから、ほかの座敷にいる芸者たちが田中の座敷に行きたがってソワソワしていたものだ。
 田中土建工業社長の頃は、神楽坂の老舗料亭だった『松ヶ枝』(戦後政治の“舞台裏”であった)でも大いに遊んだ。あるとき、仕事を取るために仕事先の親方を接待、7、8人の芸者をあげてドンチャン騒ぎの末、田中は親方に向かってこう言ったそうだ。『あとは、いい妓を見つくろってよろしくやってくれ。いい夢でも見てくれ』と。時に、まだ20代の後半だ。大物になる人物は、やっぱり若くして何かが違うナ」

 もう一つ、こちらは田中が幹事長の頃のエピソードである。田中をよく知る政治部記者の証言だ。
 「田中と財界人との懇談会が赤坂の料亭であった。このとき、ある財界人が執拗に自民党幹事長ポストと政治献金との関わりを問い質した。すると、田中いわく『あなたは私たちが利権屋と組んで政治をやっているとお考えなのか。政治はそんな腐った根性ではできんッ。私があえて幹事長になったのも自民党を思えばこそ、この日本を愛すればこそなんだッ』と一喝、席を立ってしまった。
 そのとき、はべっていた芸者の一人が、そのカッコよさに『ああいうの、おか惚れしちゃうなぁ』とシミジミため息をついていたと、別の芸者が言っていた。田中には、男女問わず、このように妙に人を惹きつけてしまう“引力”があった」

 しかし、こうした女遊びの達人、モテ男を亭主に持ったカミサンはタイヘンである。田中の妻・はなは、離婚経験のある8歳年上である。はな周辺を取材してみると、異口同音に出てきたのが次のような証言だった。
 「徹底して、表に出ることをよしとしなかった。政治の世界はなおさら」「あの人から、人の悪口というものを聞いたことがない」「一度として、怒ったことを見たり聞いたことがない」「田中の女性関係もそれなりに耳に入っていただろうが、愚痴を聞いた人は一人もいなかった」。

 この田中夫妻、それでも51年に及ぶ結婚生活をまっとうした。“円満”の秘訣は、いったい何だったのか。
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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