葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(88)

掲載日時 2016年01月16日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年1月21日号

◎快楽の1冊
『ker(ケール) 死神の刻印』 エメリー・シェップ/ヘレンハルメ美穂・訳
 集英社文庫 1050円(本体価格)

 警察官の不祥事が明らかになったとき、その事実は大きく報道される。当然だろう。一般の市民にとって警察は正義の使徒なのだ。正義から逸脱した警官があまりに多ければ、私たちは安心して生活することができない。マスコミは市民の代表として不祥事に対して怒りを向け、警察官は皆正しく正義の使徒でいてくれ、と訴える。
 しかし、一方でこうも言える。完全な善人はこの世にはいない。警官も人間である。いつも、善良そのもので生きている警官はいないのだ。煩悩に悩まされているはずだ。なので、犯罪をおかしてしまう刑事も出てくる。
 このあたりの心情をみっちり描いているのが、本書『Ker 死神の刻印』だ。スウェーデンの小説である。原書刊行は2013年で、作者のデビュー作である。邦訳版は昨年11月に出た。
 スウェーデンのノルシェービンで死体が発見された。移民局職員の男性である。射殺されたのだ。ノルシェービン警察署に設置された捜査本部に、女性検事のヤナ・ベルセリウスが指揮官として参加し、犯人捜査が始まる…。
 と書くと、ストレートな、女性検事がヒロインの物語と感じる方も多いと思うが、実はそうではない。ヤナは心を病んでいる。読んでいるうちに、それが分かってくる。そして、彼女だけが主人公というわけではない。捜査チームのほかの刑事たちの私生活も克明に描かれ、それぞれが孤独を抱えていたり、家庭生活で悩んでいたりすることも分かってくる。
 ミステリーを読む快感の中には、自分が名探偵や名刑事になった気分を味わう、というのもあるだろう。しかし、本作でそれは味わえない。捜査する者も自身の煩悩に苦しんでいるのだ。自分を絶対者と思えないすべての人に読んでほしい。絶対者と思い込める人は勘違いをしているのだ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 「嫌われ女子」「負け美女」といった“痛い女”をテーマにした著作で名高いエッセイストの犬山紙子さん。2015年は、犬山さんの著作が数多く出た。その中から、10月に発売された『言ってはいけないクソバイス』(ポプラ社/1000円+税)が面白かったので紹介したい。
 タイトルにある“クソバイス”とは、望んでもいないのに「あなたのため…」とばかりに助言される、クソみたいなアドバイスのこと。例えば、なかなか結婚しない女性に「仕事ばかりしていると婚期を逃すよ」などは、クソバイスの典型的なひと言である。
 オヤジ世代が若い人に吐く、「若いんだから、もっと積極的に!」も余計なお世話だろう。また、「年をとればキミにも分かる」なども、よく使いがちだ。そして判を押したように、「俺の若い頃は…」と続く。つい口にしてしまったという本誌読者も多いだろうが、はっきり言ってクソバイスらしい。
 そうした“上から目線”の持論の押し付け100例を取り上げ、犬山さんがユーモアたっぷりに解説。ついでに有効な「クソバイス返し」の秘技も載っており、読後感はかなり痛快だ。
 クソバイスの発言者たちに、おおむね悪意はない。他人に助言すると気分がいいから、ちょっとエラソーな態度をとっているだけである。
 だが、これこそ他人に不快感を与え得ることを知る、きっかけを作ってくれる本だろう。自らの発言を戒める意味からも、読んでおきたい1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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