葉加瀬マイ 2018年11月29日号

『徴用工問題』日本に対する「韓国人と台湾人」“雲泥”の違い

掲載日時 2018年10月31日 22時20分 [社会]

『徴用工問題』日本に対する「韓国人と台湾人」“雲泥”の違い
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 第二次大戦中、「徴用工」として強制的に連行・労働させられたとして、日本で働いた韓国人4人が新日鉄住金を相手取った訴訟で、韓国の最高裁にあたる大法院は10月30日、日本円で約4000万円の賠償を命じる判決を言い渡した。

 徴用工とは、日本統治下の朝鮮半島から強制的に徴用され、北海道や樺太、九州の炭鉱などに動員された労働者のことだ。

 「今回の判断に対して、1965年の『日韓請求権協定』に沿った5億ドルの経済支援を行うことで“完全かつ最終的に解決”との立場を取ってきた日本政府は、完全に怒り心頭です。安倍首相は『本件については1965年の日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決している。今般の判決は国際法に照らしてありえない判断である。日本政府としては毅然と対応する』と、非常に強い不快感を示しています」(政治記者)

 さて、2013年5月9日のこと。約250人の「台湾高座会」を名乗る団体が、神奈川県座間、大和両市に来日した。太平洋戦争中、8400人以上の15歳前後の少年たちが台湾から日本にやって来て、学びながら現在の大和市内にあった『高座海軍工廠(海軍直属の軍需工場)』で軍用機製造に携わったのだが、その少年たちが80代になって再び来日したのだ。

 当時の同工廠は座間と大和など数村にまたがる30万坪の用地に行員1万人を擁し、最新鋭の局地戦闘機『雷電』を生産していた。このうち8400人が台湾出身の少年工だったのである。

 「13年に彼らの初来日から70年を迎えるに当たって記念式典が開催され、その行事に参加するための来日でした。同年4月に日本政府から旭日小綬章を受賞した台湾高座会会長・李雪峰さんは『私のクラスでは、受験者が30数人も出て、そのうち合格したのはわずか3人でしたから競争率は10倍以上でした。日本へ行けるのは誇りでした』と、250人全員が日本にいまだに感謝の念を抱いていてくれたのです。韓国の旧徴用工やその遺族とは真逆な人々です」(台湾ウオッチャー)

 韓国も事情は同じだったが、当時の真情を吐露すれば“つまはじき”にされることもあるのだろう。しかし、台湾と韓国の日本に対する感情は雲泥の差だ。国が違えばこれだけ感情の差があるのだ。

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