葉加瀬マイ 2018年11月29日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 村山富市・ヨシヱ夫人(上)

掲載日時 2018年04月23日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年4月26日号

 少数与党の「非自民」政権の羽田孜首相が退陣したことで、後継は比較第1党の自民党総裁の河野洋平というのが一般的見方だったが、自民党内に動きが出た。それまでの自民党政権が資本主義の強固な論理に突っ走り、物質文明に傾斜していたことに反発のあった後藤田正晴、野中広務、亀井静香らいわゆるハト派が策動、武村正義率いる新党さきがけ、そして社会党を巻き込んでの連立政権を樹立させてしまった。
 この「自社さ」連立政権は、ナント社会党の村山富市を首班に担ぎ上げ、世間をアッと言わせたものであった。昭和30年(1955年)以来、「55年体制」と言われて長く続いた自民党と社会党の対立関係は、事実上ここで終止符を打つことになった。その後、社会党は社民党と名を変えたが、かつての支持基盤は離れ、いまやその存立は“風前の灯”となっていることは読者ご案内の通りである。

 さて、その村山と妻・ヨシヱは、昭和28年(1953年)、村山が大分県・大分市議選に初出馬した際に出会い、票を頼みに来た村山が病院勤めのヨシヱを見染めたことがきっかけで結婚した。
 村山は、14歳で漁師だった父親を亡くしている。生活は楽でなく、小学生の頃から父親の手伝いで漁に出ていた。その後、苦学をしながら明治大学専門部を卒業した。この明大で民主化運動に足を突っ込み、これが縁で社会党に入党することになった。大分市議選に引っ張り出されたのは、この社会党の青年部長時代である。当時を知る大分の地元記者の証言が残っている。
 「当地では社会党の右派が強く、左派から誰でもいいから出せという声が上がり、結局、若い村山が担ぎ出された。この選挙で、村山は『どうせ通らんから』と、自分のカネはビタ一文使わずボランティアだけで戦った。落選でした」

 4年後の市議選で初当選を果たしたが、ここからヨシヱ夫人の“凄さ”が全開されることになる。ヨシヱは当選を機に病院を辞め、なんと大分県庁の職員食堂の経営に転じたのである。前出・大分の地元記者が続ける。
 「夫人は、地元ではとにかく我慢強い働き者で通っていた。毎朝4時起き、モンペにゴムのエプロン、長靴スタイルで卸売市場に仕入れに行くんです。食堂では、一人で1日1000枚の天ぷらを揚げたこともあったそうです。閉店後も帳簿づけやら何やらで、自宅に戻るのは毎晩8時、9時だったと言います。やがて、村山は市議から県議、そして代議士になるわけですが、代議士夫人なってもこれを続けていた。県庁では、『選挙になると食堂のご飯の盛りがよくなる』との冗談話もありました。

 一方で、『代議士の奥さんがなぜそんなに働くのか』という声も出ていたが、夫人の中には政治家はいつ落選して食えなくなるかも知れない。どんな状態になっても、“銃後”は自分で守るとの信念があったともっぱらだった。結局、30年そんな生活を守った。地元で夫人を悪く言う人は、一人として見ませんでした」
 ヨシヱ62歳、無理がたたってか腰の病である脊椎管狭窄症を発症して手術。ここでようやく食堂経営から手を引いたということだった。村山政権発足の8年前である。同時に、元々、選挙でも前面に出ることがなかったヨシヱは、腰の病を経てから完全に「政治」からは離れた。その一方で、首相になって「ファーストレディー」役をまっとうしたのが、夫妻の次女・由利であった。短大助教授のもとに嫁してからも、村山がのちに政界引退するまで、公設第一秘書として外遊の同行なども含め公私に渡って村山を支えたのであった。

 首相になった村山は、官邸内にある公邸暮らしをすることになった。いまは、官邸と公邸は別棟になっている。当時の公邸は11DKあったが、このだだっ広い部屋の中で村山は単身赴任のオトーサンよろしくの生活を送っていたのである。当時を取材した元政治部記者のこんな秘話がある。
 「村山は公邸暮らしの初日、スーツケース一つと布団だけを持ち込んできた。結局、公邸入りして1カ月後、首相としての超多忙のスケジュールに加えて高齢、何かと不自由がつきまとうということで娘さん(次女の由利)が同居するようになった。娘さんは、当時の新聞のインタビューでこう答えています。『忙しいこともあって、普段から服装などには無頓着な父が、ますます無頓着になっていくようです。外遊中でも、私が下着やスーツを前日に用意していても同じものを着て出たり、夕食会用のアイロンをあててあるポケットチーフは忘れるは、同様のネクタイを朝から締めていたりと…』と」

 それでも村山は、大分に住む病身のヨシヱのもとに1日1回の電話をすることを忘れることがなかった。無類の愛妻家だったのである。しかし、政権は間もなく“事件”の続発で大揺れとなるのだった。
=敬省略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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