本好きリビドー(223)

エンタメ・2018/10/13 11:00 / 掲載号 2018年10月18日号

◎快楽の1冊
『不連続殺人事件』 坂口安吾 新潮文庫 520円(本体価格)

★安吾が読者に挑んだ不滅のトリック

 樹木希林さんを亡くされて、めっきりと枯れ果てたかのごとき内田裕也氏の車椅子姿をテレビで見た途端、なぜか「不連続殺人事件」を連想してしまった。もちろん登場人物の1人“ピカ一”役を内田氏が演じた曽根中生監督のATG映画('77年公開)の方で、あの作品での男女の抜き差しならぬ関係と、現実の氏の夫婦生活とが微妙に交錯するように思えてならないのは筆者の独りよがりか?

 その原作である本書は昭和23年、大宰治や石川淳と並び当時“戦後文学『無頼派』”の旗手と称された坂口安吾が発表した長篇で、以後、長らくミステリーファンによる度重なるアンケートの集計結果など加味しても横溝正史の『獄門島』、高木彬光の『刺青殺人事件』と共に日本の推理小説ベスト5圏内には必ず数えられる不動の傑作だ。

 従来刊行されていた角川文庫版のテキストと今回、異なる点は犯人を見事的中させることができたなら、この小説の原稿料をそっくり進呈しようと連載中に読者への挑発を繰り広げた著者の「附記」が、雑誌掲載時そのままに各章の合間に再現されたところ。推理小説(安吾の頃は“探偵小説”)を純粋に知的な遊戯=ゲームと割り切り、A・クリスティーの芸の多彩さとトリックの独創性を愛した彼ならではの自信と稚気に溢れてまこと微笑ましい。

 戦時中、文士仲間と海外ミステリーを回し読みしては犯人当てに熱中したものの、最も成績が悪かったという安吾。ささやかな腹いせか本作に登場する捜査陣にことごとく仲間の文学者の名前を冠し、右往左往させているのもおかしい。こういう楽屋落ちも角川版では全く分からずじまいだったが、戸川安宣と北村薫の懇切な解説を得てより味わいが深まろう。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】

 江戸時代から昭和のある時期まで、東京には「色街」といわれる歓楽街が複数あった。代表的な存在が吉原だが、この本を読むといたる場所にあったことが分かる。『江戸・東京 色街入門』(実業之日本社/900円+税)である。著者はノンフィクション作家の八木澤高明氏。21世紀から日本各地の色街の名残を探訪し、ルポしている。

 一例を挙げると、根津(文京区)。谷根千(谷中・根津・千駄木)と呼ばれ、レトロな面影を残す東京名所の一画だが、江戸時代に「岡場所」(幕府非公認の遊郭)があったことを知る人は少ない。

 玉の井は昭和30年代前半まで、現在の墨田区にあった安価な私娼街だった。赤羽は明治の頃、陸軍の施設が相次いで進出したことによって栄えた色街だ。

 また本には「RAA」という見慣れぬ言葉が現れる。Recreation and Amusement Associationの頭文字を取ったもので、日本語に訳すと「特殊慰安施設協会」。連合軍占領下に作られた進駐軍兵士のための慰安所だ。作ったのは日本政府。RAAは亀有(江東区)などにあった。

 娼家だった建物が現存している場所もある。見る人が見れば当時の娼館とすぐに分かるそうで、そうした建物の写真も掲載されている。

 最先端のマンションが立ち並ぶ東京の景色とは思えず、タイムスリップしたような錯覚に陥る。だが、それも東京なのだ。時代の変遷の中で消えていった色街の薫りが、リアルに立ち上ってくるような1冊である。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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