森咲智美 2018年11月22日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 羽田孜・綏子夫人(下)

掲載日時 2018年04月16日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年4月19日号

 日本新党の細川護煕がカネにまつわるスキャンダルで首相退陣を余儀なくされたあと、なお「非自民」政権に睨みを利かす新生党代表幹事だった小沢一郎(現・自由党代表)は、さて、次に誰を首相の座にまつり上げるかで悩んだ。
 折から、この「非自民」政権では、この小沢と公明党書記長の市川雄一のいわゆる「一・一コンビ」が呼吸を合わせていた。この「一・一コンビ」の手法の強引さにイヤ気がさした新党さきがけが「非自民」政権から離脱するなど、すでに結束にはヒビが入っていたのである。

 そうした中、細川後継に白羽の矢が立ったのが羽田孜だった。政局を見る目に動物的直感力のある小沢は、時に羽田にこう言った。
 「この“非自民”政権は長くない。それでもよかったら(首相を)やってみるか」
 羽田は「受ける」と返事をした。父親の羽田武嗣郎は8期の長きを務めた“ビンボー代議士”で栄達の政治生活を送ったわけではなく、あとを継いだ自分が首相の座に就けるならとの思いが強かったと思われた。

 しかし、羽田首班が決まった直後、こんどは社会党が「非自民」政権から離脱、この時点で羽田政権は少数与党を余儀なくされ、いよいよ身動きが取れなくなった。結局、小沢の“予言”どおり、一方で自民党などが内閣不信任案を持ち出したことで可決必至、羽田内閣は平成6年(1994年)度予算案成立直後に総辞職表明を余儀なくされてしまった。「羽田首相」の在任は65日。「3本指」で失脚した宇野宗佑首相の69日より短い、戦後2番目の「超短命内閣」で幕を下ろしてしまったということだった。
 しかし、羽田孜・綏子夫妻は、性来の明るさからか共にメゲることなく、間もなくそれ以前と変わることのない生活を取り戻していたのだった。

 羽田はと言うと、「新進党のマイク・ボーイ」の異名もあったように、「非自民」政権崩壊後に小沢と行動を共にした新進党のアピールに東奔西走、「普通の言葉」で演説に情熱をほとばらせたものであった。
 一方の綏子も同様で、代議士夫人としてはいかにも異色、夫の選挙区が長野県であるにも拘らず、東京・九段の衆院議員宿舎3LDKに夫ともども親子4人暮らしを続けた。夫が東京での生活が中心になることから、妻は選挙区に居住し、選挙区を“守る”というのが通例だが、綏子は一貫して夫婦が一緒に住むことに固執した。夫婦同居のワケを、当時の新進党担当記者は次のように言った。
 「綏子夫人は、常々、言っていた。『選挙、政治のために夫婦がバラバラで生活するのはやはり不自然です。私は東京生まれ、選挙区のことはよく知らないのに、知らぬ者が長野の選挙区に張り付いていたら、かえって夫の足を引っ張ることになりかねないから』と。もっとも他陣営からは『地元をないがしろにしている』と責め立てられたと言います。一説に、羽田がもし浮気でもしたらと心配で同居したのではとの声もあったが、まったく違いますね」

 なるほど、羽田にはもう一つ「石部金吉」の異名があった。女性に関しては、何ともカタイのである。
 「家での夫妻は、互いに『つとむさん』『ママさん』と呼び合っていたほどのなんとも仲のよい夫婦だった。その日あったことは何でも夫人に話していた愛妻家の羽田は、浮気などできる男ではなかったのです」(前出・新進党担当記者)

 多忙な羽田と夫人が共有する時間は朝の食事時だけ。綏子は羽田の健康には気を配った。玄米のおかゆを常食に、霊芝茶と玄米の粉を豆乳で溶いた“特製ジュース”は欠かしたことがなかった。
 そんな羽田を綏子はどう見てすごしてきたのか。次のような言葉が残っている。
 「私はまず、主人を人間として尊敬しています。夫を尊敬できることは妻としてとても有難く、素晴らしいことだと思っています。もっとも、主人が私を尊敬していたかは分かりませんが。ただ、人づてに入ってくる話では、『とても頼りにしているんだ』ということでしたが」

 羽田はその短い政権で、小選挙区制の定着を軸とした「政治改革」に思いをはせたが、志半ばで断念を余儀なくされた。
 「サラリーマン出身として“普通の言葉”で国民に語りかける手法はよしとするものだったが、持ち前の人の好さが災いした。トップリーダーとしての重みが、もう少し欲しかった。小沢一郎に軽く見られたことも大きかった」(当時の新進党同僚議員)

 夏物スーツの両袖を途中から切った「省エネ・ルック」で胸を張った羽田は、昨年8月、82歳で没した。竹下派時代、当時、小沢一郎とともに腕力を発揮していた金丸信(元副総裁)は言った。
 「平時の羽田、乱世の小沢(一郎)、大乱世の梶山(静六)だな」
 時の政治状況いかんでのトップリーダーとなる“資質”を指摘したものである。=敬称略=
(次号は、村山富市・ヨシヱ夫人)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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