菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 森喜朗・智恵子夫人(下)

掲載日時 2018年07月02日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年7月5日号

 小渕恵三首相が突然の病魔に倒れたことで、自民党首脳格5人の“密室協議”で首相に担ぎ出された森喜朗の国内外の評判はさんざんだった。
 英国のガーディアン紙が「クレムリン(ロシア大統領府)のような秘密主義の中で誕生した総理」と報じれば、“造語名人”の田中真紀子(元外相)からは政権の実体がぼんやりとして見えないことから、森喜朗を音読みしての「シンキロウ(蜃気楼)」ともヤユされたといった具合だった。
 また、森内閣は当然のように低い支持率からの出発だったが、一方で、森自身による「神の国」発言、あるいは早稲田大学時代の「買春検挙疑惑」などのスキャンダルが報じられるなどで、約1年間の政権は見るべき実績を残せぬまま、平成13(2001年)4月、退陣をよぎなくされた。

 さて、約1年間のこの政権のさなか、森夫妻はそれまでなかった“濃密な日々”をすごしたようだった。当時の政治部記者などの関係者によるエピソードが、多々残っている。

 「森はじつは、首相になってもそうだったが意外にも相当な潔癖症、整理魔で、これは若いときからのものだったらしい。身仕度はもとより、机の上の整理などもすべて自分がやらないと気がすまない。あるいは、明日着る洋服などを、自分できちんと枕元に出して置いてからでないと寝ない。下着は、着る順番どおりに夫人が並べておかないと怒り出す。さすがに夫人もカチンと来て、『そんな細かいこと、男の人が言うものじゃありません』とピシャリとやったことがある。夫婦仲は上々だったが、年に一度くらいこの手のケンカはあったと言います」

 「夫人は国賓の来日、宮崎県での“太平洋・島サミット”と立て続けにファースト・レディーとしての役割りをよぎなくされたが、疲れ切っていた。椅子に腰をおろす暇さえなく、化粧を落とす気力もないようだった。忙しくて美容院にも行かれずカツラでごまかしたり、前日と同じ服を着てしまい、外務省からお目玉を頂戴したりもしていたくらい。つくづく『(ファースト・レディーは)力仕事だと分かった』と言っていたものです」

 「警備の問題から、就任間もなく夫妻の総理公邸住まいが検討された。しかし、夫人はこう言って断わった。『公邸に引っ越しました。さあ直ぐ出てくださいでは、あまりにみっともないじゃないですか。私は主人の着替えくらいは持って公邸には行きますが、主人には単身赴任してもらいます』と。
 結局、森は単身赴任をよぎなくされ、秘書がパンと牛乳を買って来ての食事など、かなりミジメな日々を送った。よく報じられた『夜な夜なの総理の料亭通い』も、ここで足らない分の“栄養補給”をやっていたとの見方もあったのです。この頃の森は、政権低迷と“栄養不足”が手伝ってか、100キロを超えていた体重も激減、ワイシャツの襟がダブダブだったことはあまり知られていない」

 「『神の国』に始まっての夫の失言が続く中、たった一度だけ夫人がキレてこう言ったそうだ。『あなたは総理大臣なんだから、もう自分を売り込んだりする必要はないじゃない。国民の皆さんには、情熱を込めて政策を語りかければいいんじゃないかしら。もう顔も見たくないから出て行ってよッ』と。さすがに森も、『僕を誰だと思っているんだ。あなたの息子じゃないんだぞッ』と切り返しての“危機一髪”もあった」

 そしての、いよいよの退陣が決まった直後、智恵子夫人は親しい森派議員の夫人にこう言ったそうである。
 「やっと終わるわ。これでせいせいする。終わったらパーティーでもやりましょうよ」と。

 そのうえで、森家の内情に通じていた政治部記者が、夫妻の次のような「横顔」を明かしている。
 「智恵子夫人を知る人は、一様に『代議士の妻の見本』と言います。分をわきまえ、万事に控えめだが、芯はしっかりしていて外国の要人と会っても物怖じすることもない。一方で、森の石川県の選挙区もきっちり守っている。『夫・命』が、夫人の徹底した森への姿勢でした。
 一方、森にもこんな秘話がある。じつは、森は毎日1回は必ず夫人に電話をかけている。とくに用事がなくても、『今日も無事に生きていたからね』とか、『家にいたんだね』といった具合。一見、ぶっきら棒に見える森だが、なかなか神経のこまやかな愛妻家、ラブラブ夫妻なんです」

 退陣した森は、その後、小泉純一郎首相のあと安倍晋三が政権に就いたのを機に、それまでの森派の会長のイスも下り政治家は引退した。しかし、“生臭さ”を捨て切れないのは政治家の常である。いま、2020年の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長として、“政治的にらみ”を利かしている。
 好きなラグビーのボールのリバウンドが、どこへ転がるか分からぬことを人生の行方に例える森だが、この先どう転がるかは、もとより森自身も分かっていない。=敬称略=
(次号は、小泉純一郎・佳代子元夫人)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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