森咲智美 2018年11月22日号

話題の1冊 著者インタビュー 木村一八 『父・横山やすし伝説』 宝島社 1,380円(本体価格)

掲載日時 2018年04月29日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年5月3日号

 ――伝説の天才漫才師としてその名を馳せた、横山やすしさんですが、家庭ではどんな父親でしたか?

 木村 家では根暗で酒に弱く、決して手を出さない親父でした。僕がまだ中学生だった頃は、家でお酒を飲んでいる姿を見たことがありません。いつも机に向かって何か書いていましたね。漫才の台本か本の原稿か分かりませんが、明るいイメージは全くなかったです。そして、非常に家族思いでした。小学生のときに広島の宮島に修学旅行に行ったんですが、旅行先に親父がいました。僕のことが心配で見に来たのです。普通、親が修学旅行先に来ることはありませんから、大変驚きましたね。

 ――1988年の一八さんの傷害事件には“知られざる理由”があったそうですね。当時、やすしさんの反応はどうだったのですか?

 木村 原田芳雄さんの息子の喧太がタクシーの運転手と揉めているところに、助けに行ったのが真相です。そのとき、タクシー運転手のほうが喧太より身体が大きかったので、やばいと思って1発回し蹴りを入れたところ、相手が倒れて、そのまま頭を地面にぶつけて意識不明になりました。被害者の方には大変申し訳ないことをしたと、今でも反省しています。その後、警察で調書を取られましたが、僕が原因も含めすべてしたことにして、喧太を解放してもらったのです。
 少年院に入る前に親父に会いましたが、親父からの言葉は「よくやった」でした。もちろん、被害者に怪我を負わせたことを言っているわけではありません。親父が記者会見で被害者の方に頭を下げたのは、そのままの気持ちだったと思います。

 ――木村家には数々の独特な“親父ルール”があったとか。思い出に残っているものはありますか?

 木村 “嘘は殺人より重い”、これが親父ルールで一番印象に残っています。嘘は自己保身でつくけど、殺人はそうでないケースが多い。他人のために人をあやめることもある。だから、木村家では嘘は殺人より重いのです。ただし、親父はそういいながら、母に内緒で愛人がいましたけどね(笑)。
 僕が今していることはすべて親父の影響です。48歳になった今、妹の子どもたちを見て、やっと親父を客観的に眺められるようになりました。そして、自分についても客観視できるようになりました。すると、やっぱり、僕のすべては親父からの影響なんだとつくづく思うんです。現在、僕は中国映画の撮影をしています。今後は海外に活躍の場を求めて頑張って行きたいと思っています。
(聞き手/程原ケン)

木村一八(きむら・かずや)
1969年大阪府堺市生まれ。横山やすしの長男として14歳で芸能界デビュー。「毎度おさわがせします」などのTV番組で人気となるが、19歳のとき傷害事件で少年院へ。今後は中国映画などに出演予定。

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