葉加瀬マイ 2018年11月29日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 村山富市・ヨシヱ夫人(下)

掲載日時 2018年04月30日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年5月3日号

 “天敵”だった自民党と社会党が連立、そのうえで首班に担がれた村山富市の政権は、まさに「歴史的政権」の誕生と言ってよかった。村山自身も、自著で「歴史的役割と任務があると(その政権を)意義づけた」としている。その裏には、下野を余儀なくされた後の政権奪還と、この際、社会党に従来の“何でも自民党と対峙”からの政策転換を促すという手の込んだ自民党の策動があった。ために、村山政権には発足から間もなく、“事件”が次から次へと起きたのだった。

 まず、村山は「日米安保条約の容認と堅持」「自衛隊合憲」「日の丸・君が代尊重」を国会で答弁、非武装中立のそれまでの社会党の旗を降ろすことを余儀なくされてしまった。さらには、政権発足の翌平成7年(1995年)に入ると、文字通りの事件に直面した。1月には「阪神・淡路大震災」、3月には「地下鉄サリン事件」に見舞われた。また、8月15日の終戦記念日には「戦後50年にあたっての総理談話」を発表、なかで村山は「過去の植民地支配と侵略」に関して、「痛切な反省」と「お詫びの気持ち」を表明したといった具合だった。
 こうした一連の大政策転換などの中で、案の定、社会党内は足並みが揃わず大揺れ。右派グループが新党を目指して会派離脱を提出したものだったが、大震災の余波でそれどころではなく、かろうじて社会党を取り込んでの「自社さ(新党さきがけ)」政権は維持されたということだった。

 村山は首相に選ばれた直後、その後の政策運営の難しさをにらみ、しきりに「弱った、弱った」を連発していたものだが、次から次への“事件”には、ホトホト「弱った」ようだった。それでも、自民党ハト派のグループが懸命に村山を支えた。その中の一人、後藤田正晴(元官房長官)は、のちに筆者のインタビューにこう答えたものであった。
 「村山さんには、折り紙つきの誠実さがあった。現実的なバランス感覚もあった。人を押しのけて前に出ようという人でもなかった。しかし、いざというときの決断力はなかなかの人だった。だから、難しい立場ながら1年半以上の政権を維持できたのだ」
 白く長く伸びた眉毛と後藤田の言う「誠実さ」と温厚な人柄から、「トンちゃん」の愛称をもらって国民の反発が少なかったことも、この「歴史的政権」が成立した背景でもあった。

 一方、村山が首相の座に就いた直後の臨時国会で、妻のヨシヱが購入していた株2000株について、野党が「購入には疑惑があるのではないか」と噛みついた一件があった。そのとき、答弁に立った村山は珍しく声を荒げてこう反論したものだった。
 「私は貧乏を売り物にしているわけではないが、妻の名誉のためにも申し上げる。疑惑は一切ない。妻は明け方から夜更けまで、30年も働き詰めの人だった。その妻は、疑惑とは無縁だ。そんな妻に教えられて、私もここまで来たのだ。疑惑の購入など、冗談じゃないッ」

 ヨシヱは村山の政治生活を支えるため身を粉にして30年にわたって食堂を経営、ために無理がたたって腰の病を得たことは前号で記した。その病を抱え、「阪神・淡路大震災」の折には犠牲者の数が日に日に増すのにいたたまれず、周囲の反対を押し切って杖にすがって被災地入りしたものであった。
 政治の前面に出ることはなかったが、ヨシヱも夫唱婦随、「誠実なファーストレディー」だったということだった。村山が、株購入の疑惑に色をなしたのも分かろうというものである。“疑惑”は村山の一言で払拭された。そんなヨシヱに関する、元政治部記者の次のようなエピソードがある。
 「村山の政治活動でいっさい表に出ることのなかったヨシヱ夫人は、しかし、村山の市議、県議、代議士時代を通じての選挙の投開票の前夜には、決まって地元で『尺間さま』と呼ばれていた神社へのお参りを一度として欠かしたことがなかった。山の麓までは車で行き、そこからは深夜の山道を登り必勝祈願をし続けていた」

 やがて、村山政権は将来を見据えた国家ビジョンなどの提示もできぬまま、政権の陰りを迎えた。米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』が、「無気力な対応しかできぬ村山政権はもはや“ミイラ政権”である」と報じたことも、それを物語っていた。
 政権末期の官邸詰め記者の、こんな“忖度”の言葉が残っている。
 「首相就任中でも、村山は『妻は働きに働いて可哀想だ。(大分の)家も100年以上経つ骨董だから、せめて建て替えてホッとさせてやりたい』と口にしていた。物事に執着がない、精一杯やればそれでいい、という考え方の人だから、政権末期、内心は早く家庭人になって奥さん孝行をと思っていたと思われる」

 「トンちゃん」、“面目躍如”の退陣だったことを思わせる。
=敬称略=

(次号は、橋本龍太郎・久美子夫人)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

関連タグ:秘録・総理夫人伝

政治新着記事

» もっと見る

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 村山富市・ヨシヱ夫人(下)

Close

WJガールオーディション

▲ PAGE TOP