葉加瀬マイ 2018年11月29日号

世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第279回 高度プロフェッショナル制度の真実

掲載日時 2018年07月21日 14時00分 [政治] / 掲載号 2018年7月26日号

 日本企業の経営者は労働基準法により、労働時間についてさまざまな「縛り」を課せられている。代表が、労働基準法第32条だ。
 「第32条 1 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」
 誤解している日本人が多いが、そもそも使用者(経営者)は労働者を1日8時間、週40時間以上働かせては「ならない」のだ。

 とはいえ、仕事量が多く、第32条の制限以上に働いてもらわなければならないケースは現実にある。というわけで、労働規制を「守らない経営者」に対する罰則として「残業代」があるのだ。無論、残業をしたくてしている労働者もいる。それはそれで構わない。
 日本の労働規制の「原則」は、「経営者は労働者を1日8時間以上、週40時間働かせてはならない」のである。それでも仕事をこなしきれないのであれば、経営者は生産性向上に努めなければならない。すなわち、労働者1人当たりの生産量を増やすことで、対応する。これが過去70年のわが国の労働規制の考え方であり、「資本主義」経済だ。
 前回解説したが、生産性は資本装備率とTFP(全要素生産性)により決定される。TFPは後付けで計算されるため、経営者が生産性向上を欲するならば、資本装備率を引き上げなければならない。すなわち、設備投資だ。設備投資を積み重ねることで、資本装備率は上がる。

 さて、日本のサービス業の資本装備率が「衝撃的な事態」になっている。
 何とサービス業の資本装備率(2016年、以下同)が、ピーク(1995年)と比較し、6割以上も落ち込んでいるのだ。製造業にしても、1996年比で1.01倍。デフレ環境下でわが国の企業がいかに設備投資を怠っていたかが理解できる。
 資本装備率が高い=資本集約的、資本装備率が低い=労働集約的だ。デフレ環境下において、日本の産業、特にサービス業は次第に「労働集約的」になってきたのである。

 資本装備率は、生産性に決定的な影響を与える。そして、生産性(および労働分配率)が実質賃金を決定する。1997年以降、日本の実質賃金が落ち込んでいったのも無理もない。日本のGDPに製造業が占める割合は20%程度で、残りのほとんどがサービス業なのだ。
 デフレ突入前、日本のサービス業の資本装備率は、製造業を上回っていたが、今や見る影もない。「ヒト余り」になるデフレ下で、日本の生産者がサービス業に「安く買い集められてきた」現実がよく理解できる。デフレで需要が拡大せず、しかも「ヒト余り」である以上、合理的といえば合理的なのだが。

 2018年6月29日、年収1075万円以上のアナリストやコンサルタントなど、一部専門職を労働時間の規制対象から外す高度プロフェッショナル制度(以下、高プロ)を含む「働き方改革関連法案」が、国会で可決された。
 高プロについて、「過労死を招く恐れがある」「年収1075万円なら会社に対する交渉力があるなどと決めつけるのはおかしい」など、さまざまな批判があるが、筆者は高プロ制度の根本思想、「労働基準法による呪縛から、経営者を解放する第一歩」であることこそが、最大かつ最悪の問題だと考える。
 日本は過去70年間続けてきた、「政府の規制で働き手を過重な労働から守る」という労働者保護政策を捨てようとしているのだ。

 政府は、高プロについて、
 「労働者が労働時間から解放され、柔軟な働き方が可能になる」
 と説明しているが、とんでもない。話は真逆で、現実には経営者が労働基準法という規制から解放されるにすぎない。

 また、当初は「年収1075万円以上の専門職」が対象ではあるわけだが、当然ながら対象範囲は次第に拡大していく。何しろ派遣労働の拡大が、まさにその道を歩んだ。
 派遣社員に関する規制緩和は、中曽根政権期(1985年)に専門13業種のみを対象に、派遣期間は原則1年、最大3年と、極めて狭い対象範囲で進められた。その後、次第に対象範囲が拡大し、小泉政権期(2003年)に製造業の派遣が解禁。派遣労働が一気に広まることになったのだ。
 派遣労働解禁が製造業に拡大するまで20年弱。高プロも20年後には相当に対象範囲が広がっていることだろう。もちろん、その時点では、すでに「高」プロとは呼ばれていないだろうが。

 労働者の労働時間を法律(労働基準法)で縛ることには、人的リソースの制限を強化するという効果があった。一定時間しか労働者を働かせることができない以上、経営者には常に「人手不足」という圧力がかかったのだ。だからこそ、高度成長期以降の日本の経営者は、設備投資や技術投資で資本装備率を高め、生産性向上に努めることで日本の経済成長が実現した。
 今後の日本は、少子高齢化に端を発する生産年齢人口比率の低下により、否応なしに人手不足が深刻化していく。その状況で、高プロにより労働規制を緩和し、労働時間に関する縛りをなくす。理解しがたい。

 本来、人手不足は資本装備率を高め、生産性向上により達成するべきなのだ。それが「労働者に労働時間について無理をさせても、労働基準法は適用されない」制度が導入され、広まっていくとなると、今後の日本の労働環境がいかなるものになるのか、背筋が寒い思いを覚える。深刻化する一方の人手不足を、労働者の長時間労働でカバーすることになりかねないのだ。これは、資本主義経済とは言えない。
 日本は「経営者に優しい、労働者に冷たい」労働政策を転換し、生産性向上で経済成長する方向に舵を切りなおさなければならない。さもなければ、将来的な日本の労働環境は「地獄」と化す可能性がある。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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