菜乃花 2018年10月04日号

貞淑美女タレントの性白書 菊池桃子 タクシー運転手を狂わせた伝説のアイドル五十路エロス(2)

掲載日時 2018年04月22日 20時00分 [芸能] / 掲載号 2018年4月26日号

貞淑美女タレントの性白書 菊池桃子 タクシー運転手を狂わせた伝説のアイドル五十路エロス(2)

 菊池は、東京・品川区で公務員の父と保育園の栄養士の母との間に生まれた。4歳上の兄が1人いる。
 3歳の頃、埼玉・大宮市(現さいたま市)に引っ越し、幼稚園へ。その後、再び品川に戻り地元の区立小学校に入学した。
 「桃のように沢山の人から大切にされ、愛されるようになってほしいからという理由で“桃子”と名付けられました。彼女の小さい頃の夢は、自分の母親のような“普通のお嫁さん”になることだったそうです」(芸能記者)

 1982年、中学2年生のとき、東京・青山の叔母のレストランに飾ってあった桃子の写真がプロデューサーの目にとまりスカウトされた。
 「当初、芸能界入りに両親は猛反対していましたし、彼女自身も迷っていました。結局、学業を続けることを条件に、芸能界入りを決意しました。実際、忙しく活動しながら、戸板女子短大被服科美術コースへと進学(1989年卒)した努力家です。性格もとても真面目なんですね」(テレビ局関係者)

 1983年11月、アイドル雑誌『Momoco』(学研)のイメージガールとしてグラビアに登場して人気に火がついた。そして、1984年の映画『パンツの穴』で女優デビュー。同年4月のデビューシングル『青春のいじわる』は、20万枚を超える大ヒットとなった。
 「他に、『もう逢えないかもしれない』『Say Yes!』などが代表曲。デビュー約1年で日本武道館コンサートを成功させ、下積み知らずのアイドルでした」(アイドルライター)

 しかし、先行きの不安を指摘する声もあった。
 「いわゆる“いい子ブリッ子”で面白味に欠けていました。アイドルの頃は、処女性も含めて、そのままでもいいと思います。でも、年を重ねるにつれて、いつまでも“処女”とはいきません。結婚するまで、ハメをはずすことはなかったと思います。Eカップ巨乳なのにもったいない話です」(ベテラン女性誌記者)

 当時、人気プロゴルファーだった西川哲と結婚(入籍)したのは、1995年5月。
 「西川の母親が五月みどりだったことに加え、芸能プロ社長の父親の意向で挙式が延期になったりと、話題に事欠かないカップルでしたね」(ワイドショースタッフ)

 それでも桃子は1996年に長男、2001年に長女を出産。幸福な家庭を築いたかに見えた。
 しかし――。
 「西川のプロゴルファーとしての成績が落ちてきたのと同時に女性問題が明るみになり、2012年1月、2人は離婚してしまいました。親権は桃子が持ちました」(同)

関連タグ:貞淑美女タレントの性白書

芸能新着記事

» もっと見る

貞淑美女タレントの性白書 菊池桃子 タクシー運転手を狂わせた伝説のアイドル五十路エロス(2)

Close

マダムとおしゃべり館

▲ PAGE TOP