菜乃花 2018年10月04日号

田中角栄「名勝負物語」 第一番 田中真紀子

掲載日時 2018年09月03日 15時00分 [政治] / 掲載号 2018年9月6日号

 一人娘を良妻賢母の女性として育って欲しいと溺愛、自分の型にはめようとする田中角栄に対し、自我に目覚め始めた思春期の真紀子は、しばしば凄絶と言っていいほどの父娘ゲンカで対立した。

 その田中の溺愛ぶりは、牛馬商だった父・角次の血を引いての競馬好きの中にも見られた。田中は代議士になって都合20頭ほどの競走馬の馬主になっていたが、オークスを制したベロナなど数頭のほかは、すべて頭に真紀子の名前を冠しマキノホープ、マキノハナ(注・はな夫人の名も)、マキノヒメ、マキノスズカゼ…としていたことでも分かる。

 さて、悪い虫でもつけてきたらたまらんと「絶対ダメだ」と反対した真紀子のアメリカ留学は、真紀子が半年間も一切、田中と口を聞かぬという抵抗のうえで実現した。真紀子16歳、日本女子大学付属高校2年の夏休みが明けたときである。留学先はフィラデルフィアの「ジャーマンタウン・フレンズ・スクール」という高校で、出発する羽田空港で田中はボロボロ涙を流して見送った。そのとき、真紀子に小学生に悟すかのようにこう言った。
「体を大切にな。青い眼のおムコさんなどは連れてきちゃいかんぞ。そして、夏休みには帰ってくること。毎週いっぺんは必ず手紙を書くこと」

 手紙は結局、真紀子からはたまにしか来ず、田中のほうが頻繁に長文のそれを出すことが多かった。一方、留学先の真紀子は社会学、経済学の本を愛読、また、もともと得意だった英語力にも磨きをかけた。田中が訪米した折には度々ワシントンに飛び、流暢なそれで通訳兼ホステス役を見事に演じてみせたこともあったのだった。

 しかし、こうした“安堵”の一方で、田中の不安が密かに進行していた。真紀子が、恋心を抱く男性と出会っていたからである。
 相手は、妻ある身の当時35、36歳、毎日新聞ワシントン特派員のIという学者肌の優秀な記者であった。じつは、この留学の1年ほど前、真紀子は旅行と称して同級の友達と“アメリカ見物”をしていた。時に、自民党幹事長だった田中は面識のあったこのIに連絡を取り、友達ともども宜しくと伝えてあったのだった。まさか、そのIに真紀子が恋心を抱くとは、もとより田中は知る由もなかった。その恋心を真紀子は、のちに自著『時の過ぎゆくままに』(主婦と生活社)で、次のように告白している。
「それまでの私が知っていた新聞記者という存在は、“田中番”と称するグループが、夜うち朝がけで日参し、とぐろを巻いては酒をくみ交わし、父とのコンニャク問答の後で、時として放歌高吟することを仕事としていた。ところが、(Iは)異国の地にあって、数少ない特派員として社命を担い、他の諸外国の特派員と伍して仕事をしている。I氏の姿は、孤独な兵士にも似て、比類なき美しさに満ちていた」
“絶賛”である。Iは真紀子を食事に招いたり、美術館に連れて行ってくれたりした。

★往復ビンタのうえの女優志願
 同著には、こんな言葉も出てくる。
「(食事の最中に)サラリとこんな言葉を口にした。『僕は、まっちゃん(真紀子)にとって、どんな存在なんだろう!』。思いもかけぬ問いかけと、眼差しに、私は一瞬、地球が止まったのではないかと疑った」
 しかし、この初恋はやがて青春の思い出として遠のいていく。事の経緯を知らぬ田中にとっては、まずは安心の真紀子のアメリカ留学であったことになる。

 一方、真紀子が帰国し、ホッとしたのも束の間、田中は新たな真紀子の“挑戦”を受け止めねばならなかった。日本女子大学に入学し、良妻賢母たる花嫁修業を願っていたものの、真紀子は男女共学の早稲田大学商学部にさっさと入学してしまったからだ。

 アメリカの地で自由な空気を吸い、見聞を新たにした真紀子は、その上で学内のサークル活動としての劇団『こだま』に所属、その一方でプロの女優を目指すため劇団『雲』にも研究生として入団した。『こだま』には、やがて俳優となる村野武範が、のちにTVキャスターと知られる久米宏がいた。

 しかし、我を通す真紀子に対し、田中は芸能の道などとんでもないで、猛反対、父娘ゲンカの再来となった。『雲』の競争率50倍の難関を突破した真紀子が、これを事後報告したとき、田中は激怒して往復ビンタをした。また、当時、『雲』の理事を務め、真紀子の入団に一役買った作家の遠藤周作は事前に田中と会ったが、このときも田中はにべもなく「(入団は)断じていかんッ」と首を振ったものだった。ここでも、演劇という社会での男女関係を心配したことにほかならなかった。

 しかし、初舞台公演で「桜の園」に出演したりの真紀子の女優としての時間は、そう長くは続かなかった。心配した田中が、真紀子の結婚を急いだからであった。

 結婚までの道のり、これもまた対立を挟んでの“一騒動”があったのだった。田中の気の休まることのない日々が続くのである。
_=敬称略=
_(この項つづく)

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小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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