菜乃花 2018年10月04日号

米朝首脳会談 日本切り捨て最後の「トランプカード」

掲載日時 2018年06月19日 10時30分 [社会] / 掲載号 2018年6月28日号

 1950年1月、米国のディーン・アチソン国務長官は、アリューシャン-日本-沖縄-フィリピンを結ぶラインを共産主義からの防衛ラインと決め、韓国を除外した。この『アチソンライン』が、結果として北朝鮮南侵の呼び水となったのは歴史的な事実だ。
 5カ月後の6月25日、暗号コード「暴風!」の命令一下、10万の朝鮮人民軍がソ連製T34戦車を先頭に38度線を越え、韓国に一気になだれ込んだ。朝鮮戦争は、韓国から米軍が引いたその間隙を突いた“電撃作戦”だったのだ。

 「先の米朝会談では、朝鮮国連軍(実質米軍)と北朝鮮&中国の間で休戦状態にある朝鮮戦争('50〜'53年)の“終結”が重要議題の一つになっています。現在、朝鮮国連軍の司令部はソウルにあり、在韓米軍のブルックス司令官が同軍司令官を兼務しています。朝鮮戦争終結となれば朝鮮国連軍は撤退しなければなりませんが、現実に実動部隊は常駐しておらず実態はありません。ですから戦争終結は、トランプ大統領にも金正恩委員長にも受け入れやすい“歴史的偉業”として残るのです」(軍事アナリスト)
 ただし、CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄)実現の見通しが立たないうちに朝鮮戦争の終結宣言を行えば、今後の非核化交渉で北朝鮮が在韓米軍撤退を求めた場合、その主張の根拠を与えることにならないかという懸念は残り、しかもアチソンラインがよみがえることになると“統一朝鮮”気分に浸る韓国はよしとして、日本のみならず米国、台湾にとっても取り返しのつかない事態に発展しかねない。

 米朝会談を“成功”させるための北朝鮮の根回しに抜かりはない。北に融和的な韓国・文在寅政権という“理解者”と地政学的に北を支え続ける中国・習近平政権という“後ろ盾”との間で、わずか2カ月の間にそれぞれ二度にわたり首脳会談を行った。
 その中韓は「朝鮮半島の非核化」で一致している。日米の「北朝鮮の非核化」とは似て非なるものだ。中国は在韓米軍の撤退を強く望んでいるが、韓国も腹の中ではこれに異存はない。

 4月下旬、米国の外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』に驚くべき記事が掲載された。《北朝鮮と平和協定が締結されれば、在韓米軍の存在を正当化し続けることは難しい》――。寄稿したのは親北派の重鎮、韓国大統領府の文正仁統一外交安保特別補佐官だ。
 「6月2日にシンガポールで講演したマティス米国防長官は、米朝会談で在韓米軍の問題が取り上げられることはないと強調しましたが、その一方で『北朝鮮による脅威が減少すれば、米韓の間でこの議題が浮上する可能性はある』と付け加えています。ということは北がこの問題を持ち出したことを暗に認めたことになります。中国が“統一朝鮮”と平和条約を締結することになれば、中国の太平洋進出という野望は一気に実現します。これは日米台にとって重大な危機です」(安全保障アナリスト)

 米軍のいなくなった韓国本土には、朝鮮戦争時の北朝鮮軍ではなく、中国人民解放軍が南下してくる。韓国・済州島が中国の海空軍基地化する恐れを指摘する軍事専門家もいる。
 「つまり38度線が対馬海峡まで南下してくるということです。そうなれば日本はフロントライン・ステート(最前線国家)になります。在韓米軍が撤退することにより、朝鮮戦争が休戦した'53年以来、日本が65年間も依拠してきた安全保障の基本構造は突き崩され、防衛態勢の変容を迫られることになるのです」(同)

 トランプ氏からはCVIDを主張してきたときのような勢いは感じられなくなった。なおかつ6月1日に正恩委員長の最側近、金英哲党副委員長とホワイトハウスで会談した後には「非核化を急がなくていい」とまで伝えている。
 「第三者が把握できる北朝鮮の核保有数は、隠蔽しているものを含めた実際の数よりはるかに少ないのが実態でしょう。隠蔽された核を引きずり出せないという自信があるからこそ、北は米国と非核化を巡り堂々と協議し始めることができたのです。折しもシリアのアサド大統領が近く平壌を訪問するらしい。北のフェイクの可能性大ですが、核兵器をシリアに極秘輸送し保管するという闇取引をするゾ、という脅しかもしれません」(北朝鮮ウオッチャー)

 トランプ大統領が1987年に著した自伝には次の一節がある。
 《大事な取引をする場合はトップを相手にしなければラチが明かない。その理由は、企業でトップでない者は皆ただの従業員にすぎないからだ》
 トランプ大統領が非常識にも実務者協議をすっ飛ばし、いきなり正恩委員長との首脳会談に踏み切った背景には、重要な取引はトップダウン方式が最も効果的だというトランプ流のビジネス哲学が見え隠れする。正恩委員長と個人的な信頼関係さえ構築できれば、詳細は実務者レベルで詰められると安易に考えているフシが見られるのだ。
 もしそうなら、米国を実務者協議に引きずり込み、小さな譲歩ごとに見返りを勝ち取っていく北朝鮮の術中にはまった公算が大きい。

 北朝鮮が何らかの形で核・弾道ミサイルの放棄に応じるにせよ、在韓米軍の撤退は日本の安全保障を直撃する。トランプ大統領がぞんざいに切るカードが“日本切り捨て”ではないことを祈るばかりだ。

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