菜乃花 2018年10月04日号

世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第187回 運送サービスの危機

掲載日時 2016年09月09日 10時00分 [政治] / 掲載号 2016年9月15日号

 唐突だが、わが国において運送サービスは「安全保障産業」の一角を担っている。運送サービスが、なぜ安全保障と関係があるのか。
 大震災などの大規模自然災害が発生した際には、被災地が物資の不足に苦しむことになる。食料や水を手に入れることができないため、被災者は「弱い者から死んでいく」状況に陥る。被災者の命を助けるためにも、被災地への道路インフラを早期に復旧し、運送サービスで物資を送り込まなければならない。

 当たり前だが、日本政府が平時に「予備の運送サービス」という供給能力を保持しているわけではない。非常事態発生時には、民間の運送サービスに依頼せざるを得ない。
 実際、東日本大震災の際には、被災者を救うために全国の運送業のドライバーたちがトラックに物資を積み込み、大渋滞に苦しみつつも被災地へと徹夜の運転で向かった。一応、政府から「手当」が出たが、実際にはガソリン代にもならない水準だったそうである。

 それにもかかわらず、全国のトラック野郎たちは東北に向かった。なぜか。同じ日本国民が、苦しんでいるからだ。
 もはや、そこに「ビジネスとしての理屈」は存在せず、あるのは国民意識(ナショナリズム)だけだ。ナショナリズムに基づく運送サービスの苦労が、被災地の「同じ国民」の苦難を和らげたのは間違いない。
 すなわち、自然災害大国であるわが国では、土木・建設サービス同様に、運送サービスについても「防災安全保障」を担う産業であると認識するべきなのだ。

 現在、運送サービスは賃金水準が低く、人手が集まらず、サービス品質の維持が不可能になりつつある。つまりは、「次の自然災害」の際に、被災地を救うパワーが落ちつつあるという話でもあるわけだ。“防災安全保障の弱体化”である。
 運送サービスの人手不足の深刻化は、もはや「危機」と表現するべき段階だ。日本国民は、日本で快適にネット通販を楽しんでいるが、その裏には運送サービスの現場の凄まじい労働環境がある。最近では、送料が「無料(実際にはタダではないが)」なケース、あるいは翌日どころか「当日着」のサービス(しかも「安価」)があり、それを当たり前と受け止めているかも知れないが、これは世界的に見れば「異常事態」だ。
 適正価格が支払われない結果、運送サービスに人が集まらず、当然の結果として「超人手不足」により、サービスの維持が不可能になりつつある。

 運送サービスは、1990年に物流二法が制定され、運賃・料金事前届出制や営業区域規制が廃止された。さらに、新規参入時のトラック台数も、20台から5台へと減らされた。運送サービスにおいても規制緩和が断行されたのだ。
 規制緩和をしても当初はよかったのだが、'97年の橋本緊縮財政以降、とんでもない事態になってしまう。
 '90年の規制緩和以降、確かにサービス価格は下がったのだが、賃金は上昇を続けた。当時はバブルの余波で「需要」が十分にあったため、価格下落は所得縮小に直接結び付かなかったのだ。
 それが、'98年のデフレ化以降は一変する。'98年以降、日本の運送サービスの賃金はサービス価格を上回るペースで落ちていった。
 すでに、大型トラックドライバーの年収は、'97年の510万円から437万円(2015年)へと、何と14%以上も下がってしまった。まずは、この水準を引き上げていかなければ、わが国の運送サービスは品質の低下を免れない。

 ちなみに、これだけ人手不足が深刻化しているにもかかわらず、なぜ運送サービスでは介護や土木・建設のように、「ならば、外国人労働者を」という話が出てこないのだろうか。
 理由は「免許」である。日本国内でトラックドライバーの職に就くには、日本語の運転免許試験に合格しなければならない。
 今後、日本政府が「ならば、外国語でも運転免許を取得可能に」などと“愚かかつ危険”な規制緩和に乗り出さない限り、わが国の運送サービスは「日本国民」で賄うしかない。

 というわけで、運送サービスは「人手不足を日本国民で、いかに補うのか?」の試金石になるだろう。
 もちろん、中長期的には「運転サポートシステム(あるいは自動運転)」や「ドローン」など、技術開発や設備投資による生産性向上が切り札になり得る。とはいえ、短期的には「給料を引き上げる」ことで、業界に人手を呼び込まなければならない。
 そのためにも、われわれ日本国民は「サービスに対し、適正な価格を支払う」という意識を持たなければならない。デフレ期には、国民は「とにかく安く」という発想になりがちだが、この種のデフレマインドから脱する必要があるのだ。
 高度成長期からバブル期にかけ、運送サービスはやはり人手不足であり、長距離ドライバーの年収は相対的に高く、「運送サービスで働き、家を建てる」ことが普通にできた。今は、まず不可能であろう。

 ここからは「価値観」の話になるが、筆者は運送サービスのみならず、介護や土木・建設、医療といった「人が動かざるを得ないサービス」で汗水垂らして働く「国民」が、比較的高い年収を確保し、持ち家を建てられる社会こそを望む。
 高度成長期からバブル期まで、日本はまさにそういう国であった。もちろん、「人が動かざるを得ないサービス」でも生産性を高めていく必要があるが、とりあえずわれわれ日本国民は「人を大切にする」国民性を取り戻す必要があると思うのだ。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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