菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(75)

掲載日時 2015年10月09日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2015年10月15日号

◎快楽の1冊
『職業としての小説家』 村上春樹 スイッチ・パブリッシング 1800円(本体価格)

 何と隙のない作家であろうか。本書を読むとそう実感せざるを得ない。近年、ノーベル文学賞の最有力候補と言われ続けている作家だから、常人とまったく異なる思考回路の持ち主であって当然、と捉えるのはたやすい。だが、常人であろうと才人であろうと同じ人間なのである。村上春樹作品が世界中で高い評価を受けるのみならず、間違いなく売れるのは、常人の心に伝わる魅力があるからだろう。あまりに突飛な小説は、皆から理解不可能の烙印を押される。
 本書は十二章から成る自伝的エッセイである。各章それぞれがテーマを持っている。全体から浮かび上がってくるのは、まずこの作家の常識人としての顔だ。そして、読者に直接話し掛けるような語り口で書かれているからか、親しみやすさもかなり感じるのである。それでいて強い反抗心、反骨の精神もみなぎっているのだ。常識を踏まえたうえで怒りの感情を書いているのだから、説得力に揺るぎがない。限度を超えた一方的な怒りは先に書いた突飛さと同様、説得力を欠く場合が多い。その愚を犯さない、という確たる姿勢こそが隙のない印象に結び付くわけだ。
 本書では彼が本や音楽にどっぷり浸かっていた青春時代の頃が回想されるし、デビュー作をどのような心構えで書いたのか、そのあと執筆を繰り返しているうちにどう精神のレベル、文章の技術が高まったのかなど、かなり詳細に書かれてある。なるほど、エッセイの隙のない書き方は、隙のない生き方から生まれたのだろう。彼の怒りの矛先は自作に対する的外れな評論家、類型的で退屈な文芸業界の慣習など多岐にわたる。確かに孤高の作家だろう。それは派手な世渡りの上手さと正反対の、ごく地味なライフスタイルと密接なつながりを持っているようだ。ナチュラルな生き方が偉大な小説を作り出している。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 SNSなどを通じて男女が出会う際、セックスに発展するのに“カネ”が介在するケースは日常茶飯事だ。売春である。その金額が極めて安く、わずか数千円でカラダを売る女たちの姿をルポしたのが『最底辺の女たち』(三才ブックス/907円+税)である。
 サブタイトルが「格差社会の極致で生きる売春女子の生き様」。貧困、デブ、ブス、精神疾患などの理由から売春で生活し続ける実態を、直接会って確かめたという裏物レポートだ。
 「自宅売春を繰り返す超絶無気力な貧困女子」「イケメンを毎朝誘惑する欲求不満の地方妻」「タダメシ狙いの主婦」「男を次々とゴミ屋敷に呼び込む不衛生な女」「自宅近くで売春する貧困婆さん」など、登場する女はまさに下流の名にふさわしい。年齢はJKから主婦、シニアに至るまで幅広い。引きこもり、コミュニケーション障害、ネット依存症など“メンヘラ女”も多い。
 メールで男を誘う文言も〈フェラだけなら3000円〉〈泊まらせてくれたらセックスします〉〈デパート8階のトイレ前に集合〉と、お手軽に性交に及ぶ模様は凄まじいのひと言だ。
 「この住所のマンションまで来て」「いきなり手作り弁当を持参する結婚願望が強すぎる女」「会って10分で付き合ってと言い出す女」など、リスク管理もずさん。ルポでは触れていないが、性病に感染している女も珍しくないだろう。
 これが平成27年の社会の“最底辺”だとしたら、ニッポンはやはり何か間違っている。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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