葉加瀬マイ 2018年11月29日号

『極妻』『仁義なき戦い』脚本家 高田宏治氏インタビュー 今だから語れる東映映画製作秘話(1)

掲載日時 2016年07月27日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年8月4日号

 高田宏治氏は1958年(昭和33年)、時代劇ブームで隆盛を極めていた東映に入社。その2年後にテレビ時代劇『白馬童子』の一編で脚本家デビューを果たし、『柳生武芸帳』シリーズなど多くの時代劇を手掛けた。'63年にフリーになると、任侠映画や実録シリーズ、現代劇などを執筆。80年代には『鬼龍院花子の生涯』や『極道の妻たち』(以下『極妻』)シリーズなど、女性を主人公に据えた作品を世に送り出し、日本映画を代表する脚本家として不動の地位を築いた。

 −−6月に上梓した『ひどらんげあ おたくさ』(アスペクト)は高田先生にとって初の小説になりますが、きっかけは?
 「題名の“ひどらんげあ”は紫陽花、“おたくさ”はヒロインの楠本瀧の愛称です。五社英雄監督、深作欣二監督が亡くなり、少し気力をなくしていたときに、映画に投資したいという人が現れ、10億用意するから企画を出せと言われた。高倉健のファンでね。健さんとは『野性の証明』とか何本も付き合ってきて、その頃はもうヤクザ映画はやらんのが分かってた。僕は150本映画をやったけど、正直、使われる身で、自分の勝負をしたことがなかったから、熱くなったところへ、今度はあるプロダクションの社長が企画書を持って来た。題名は『シーボルト』。意表を突かれたけど、カンヌ映画祭でレオナルド・ディカプリオに話をしたら、乗り気やったと。そしてレオ様が出るなら、50億出資するアメリカの企業があると」

 −−『タイタニック』で有名な、世界的トップスターですよね。
 「大抵の英雄はいろんな作家の唾がついてるけど、幕末の日本で医者として活躍し、長崎一といわれたべっぴんの遊女(楠本瀧)を愛人にして子供(日本初の女医・いね)を産ませ、幕府が禁ずる伊能忠敬の日本地図を国外に盗み出そうとした、シーボルトという男、面白いやないかと。敵は幕府で、いわば国家権力。それで僕が台本を書いて英訳させたんです。題名は『マップ・メーカー(地図を獲れ)』。すると頼んでもいないのに、日米から仲介人がうじゃうじゃ出てきた。この時点で頭を冷やしたらよかったけど、『誰がいくら出す』『ワーナーが話に乗ってきた』とか、いろんな話があって、こっちも色気が出てくるわな。間に入っていたヤツの資金が尽きると、アメリカへ行く費用だとかバンバン僕がお金を出した。ところがレオ様と交渉に入ったら、出演料が2000万ドル、当時のレートで23億や。そんなことをやっているうちに、話がおかしいなと気付いた」

 −−いかにも実録映画に出てきそうな話ですね(笑)。
 「そもそも50億円も日本で集まるはずがない。結局、映画の話は流れて残ったのは膨大な借金だけ。マンションや趣味で集めた美術品をすべて手放して清算した。今は借金なしの借家住まいだけど、若い女房が、僕が死んだら居場所がないとぼやくから、少しでも取り返そうと脚本を何倍も面白くして小説にした。それが今回の結論やな(笑)」

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