菜乃花 2018年10月04日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第28回

掲載日時 2016年07月24日 14時00分 [政治] / 掲載号 2016年7月28日号

 念願の党側から国家予算を差配する自民党政調会長のポストに就き、天下取りに視野が開けたとニンマリの田中角栄だったが、党内のベテラン議員らの評価はやっかみも手伝っておおむね「軽量政調会長」というものだった。それまでの郵政大臣、副幹事長では「型破り」ぶりが目立ち、政治力よりむしろ行動力の人との評価だった。しかし、田中は電光石火、そうした評価を一蹴させてみせたのだった。

 当時、政府と自民党にとって最大の“圧力団体”でもあった日本医師会との間では、医療費の診療報酬をめぐっての綱引きが熾烈であった。一歩も引かぬ医師会に対し、それまでの自民党の幹事長、政調会長ら前党三役は何ら解決策の糸口を見いだせないまま引き下がっていたのである。その最大のハードルは「大ボス」「ケンカ太郎」の名をほしいままにし、医師会内外に絶対な影響力を保持していた武見太郎会長であった。ちなみに、現参院議員の武見敬三はその子息にあたる。

 政調会長就任から1週間目、田中は早くも持ち前の行動力を発揮した。自ら武見会長の“鎮座”する医師会館へ乗り込んだのである。田中と武見には、もともと「新潟県人」という同胞意識があった。武見は京都生まれではあったが、父親が新潟県長岡の出身ということで新潟への愛着が強く、その墓も本家として長岡にある。田中はこの関係を“突破口”とした。巧み巧まざるの「情と利」による人心収攬、「体当たり」は田中の一貫した人生作法である。田中は武見に会うと、開口一番こう切り出した。
 「私は初めて横綱に立ち向かった十両のようなものです。案をお持ちしたが、この案を承知してくださらんと政府・自民党とも医師会を見捨てざるを得なくなるという事態も考えられます。私としては、真剣に成果を考えたいと思っています」
 武見はシブイ顔をしながら、「同じ新潟県人のキミに乗り込んで来られてはケンカにならんなぁ」と言った。

 むろん、その場で一挙に解決が図れるような生易しい問題ではない。田中はもう一つの「物事は絶対あきらめない。9回裏の逆転もある」という「粘り強さ」の人生作法を駆使、以後、しばしば折からの猛暑の中で武見と接触、その一方で政府、自民党「厚生族」議員の間を渡り歩き、文字通り「根回し」に汗をかき続けた。医師会側はなおも強固、ついには「保険医総辞退」という“切り札”をチラつかせるのであった。
 その後も、田中の獅子奮迅の動きにもかかわらず収拾案の同意は成らず、さしもの田中も「使い走りばかりでアホくさいなァ」などとぼやき、時の大野伴睦・自民党副総裁から「まとめ役は汗をかくもんじゃ」と“喝”も入れられている。

 しかし、田中はついにこの難題をまとめ上げた。最終的に武見とサシで会い、「政党には政党としての立場があります。私はここに、一晩かかって書いたギリギリの収拾案を持って来ました。先生も、一晩ジックリ考えていただきたい」と談判に及んだのであった。後に「角福総裁選」を争った福田赳夫(元首相)は、「角さんとサシでの話し合いはイヤだ」と言っていた。田中は一対一での話し合いになると、独特なエネルギーのほとばしりを見せるのが常であった。ために、田中を評して「“気”の政治家」との言葉もあったのである。
 結局、さすがの武見は“潮時”を見極めるのも敏、この田中の出した最後の収拾案を基調とし、「医療保険制度の根本的改正」「医療懇談の設置」などの付帯事項を盛り込むことで保険医総辞退を撤回したのだった。この田中の手腕を見た前出の大野伴睦副総裁はじめ自民党のベテラン議員の評価は一変、「タダ者じゃないかも知れん」の声も出たのであった。

 こうしたことでさらに自信を深めた田中は、間もなく自らの新潟の選挙区の後援組織「越山会」を正式に政治団体として届け出た。このときの池田勇人首相の“後釜”に虎視眈々の佐藤栄作もすでに自身の派閥「周山会」を届け出ており、田中の天下取りへの意気込みが知れた。
 「越山」の名称は、漢詩を詠んだりつくったりするのが好きだった田中自身が付けた。越後が生んだ戦国時代の武将、上杉謙信が残した詩で、天正5(1577)年、能登の七尾城を攻め落とした謙信は名月を眺めながら詠んだとされている。

霜は軍営に満ちて
秋気清し
数行の過雁 月三更
越山併せ得たり
能州の景
遮莫家郷の遠征を憶ふを

 田中はこの「越山会」の政治団体届け出、正式スタートに際して、「ついにここまで来たか。雪深い越後の山をはるばる越えてきたんだなぁ」と、しみじみと語ったとされている。
(以下次号)

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小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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