竹内渉 2018年8月2日号

やくみつるの「シネマ小言主義」 「死生観」バンザイ! と言いたくなる映画 『ラッキー』

掲載日時 2018年03月19日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年3月22日号

やくみつるの「シネマ小言主義」 「死生観」バンザイ! と言いたくなる映画 『ラッキー』

 この映画、「終活」をそろそろ考えている私ら以上の年代には、何ともせつなく、また、身につまされる話です。
 御年90歳の男やもめの何でもない日常を描いているのですが、偏屈で一匹狼の主人公ラッキーを演じるのが、『パリ、テキサス』でも名を馳せた名優ハリー・ディーン・スタントン。
 脚本は、スタントンのアシスタントでもあった人との共作で、このラッキーというキャラクターは、完全に当て書きされています。実際に、スタントンから聞いた逸話をもとにアイデアを膨らませていったそうです。しかもこの映画の完成後、スタントンは91歳で亡くなっており、まるで「遺言状」です。

 ある日突然、「自分はあと数週間、数カ月しか生きられないかもしれない。数年、数十年後なんてない」とラッキーは思い知らされるのですが、ユニークなのは、彼が超現実主義者であること。
 死後の世界も、魂の存在も信じない。過去も振り返らない。「怖いんだ」とつい漏らすシーンもありながら、寿命が尽きる日まで、ただ淡々と日常を積み重ねるしかないことを受け入れています。
 そんな彼を付かず離れずの関係で見守るのが、行きつけのダイナー(レストラン)やバーの常連客や店員。その中には、実際にスタントンの長年の友人でもあった監督デビッド・リンチや往年のアイドルという俳優もいて、この状況はまさに倉本聰が描いた『やすらぎの郷』そのものです。素のままの自分を受け入れてくれるこんなコミュニティーがある田舎町が、実に羨ましい。

 そこで交わされる「人生とは」「死とは」をテーマにした哲学的な言葉の多くは、今一つピンときません。しかし、なるほどと思わされるものもあり、たとえば「お前もあんたも、俺も、タバコも何もかも、真っ暗な空(くう)へ。すべてはなくなるってこと。無だよ」という言葉からは、仏教の「色即是空」を思わされました。結局、どんな宗教観にせよ、たどりつく真実は同じなのかもしれません。
 一つ確実に言えるのは、万が一、己が独り残った場合、こんな整然とした部屋に住み、毎朝ヨガを数ポーズやるような規則正しい生活は絶対にムリだということ。何しろ、自堕落な自分の部屋は、女房がいる今、すでに足の踏み場もない汚部屋ですから。
 自分の人生のゴールは誰にも分かりませんが、同年代の友人を誘ってこの映画を見に行き、それぞれの「死生観」を肴に酒を飲むのもオツかもしれませんよ。

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■『ラッキー』監督/ジョン・キャロル・リンチ
出演/ハリー・ディーン・スタントン、デビッド・リンチ、ロン・リビングストン、エド・ベグリー・Jr.、トム・スケリット

 3月17日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク渋谷ほか全国順次公開。
 神など信じずに生きてきた90歳の無神論者ラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)は、いつものように1人で暮らすアパートで目を覚ますと、コーヒー片手にタバコを吸い、なじみのバーでは酒を飲み、常連客たちと時間をすごす。そんなある日、彼はふと人生の終焉が近いことを実感。スタントン本人の体験をもとに、さまざまなエピソードが描かれながら、死について思いを巡らせる。

やくみつる:漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。『情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)、『みんなのニュース』(フジテレビ系)レギュラー出演中。

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