菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 小渕恵三・千鶴子夫人(中)

掲載日時 2018年06月11日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年6月14日号

 衆院議員だった父親の急死から「文学への道」を断念、早大文学部から同大の大学院政治学研究科に入った小渕恵三は「政治家への道」へ真っしぐらであった。そしての“総仕上げ”が、世界を知る、すなわち「何でも見てやろう」精神での世界一周武者修行、放浪の旅であった。世界見聞の成果の披露も、選挙の際の“売り”にするつもりであった。
 小渕が回ったのは、台湾を振り出しに東南アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、中南米の都合38カ国で、途中、カネも潤沢にあるわけでなし、外貨持ち出し制限の時代でもあり、アルバイトをしながらの旅であった。その旅先から、その地その地の絵ハガキで、都合9カ月の旅で妻になる千鶴子にじつに1日1通以上、300通のラブレターを送り続けていたというから、その恋心の想いが知れる。
 当時、千鶴子は東京・練馬区に住んでいたが、あまりに同じ人物から頻繁にハガキが届くので郵便配達員も心得たもので、やがては「東京都練馬区」だけの町名番地なしで、千鶴子のもとに届くようになったのだった。

 ちなみに、この放浪の旅に際して、のちに「政治の師」となる竹下登元首相との関係を示すエピソードがある。竹下は小渕の早大雄弁会の先輩にあたるが、竹下はこの後輩の小渕をかわいがっていた。ある日、小渕は海外に出て何か困ったことがあれば日本の大使館にでも駆け込めば助かるだろうと、当時、自民党青年局長だった竹下に名刺の裏書きでもしてもらおうと思って訪ねたが、折から自民党本部の青年局長室には竹下は不在であった。
 ここで小渕は、竹下先生なら許してくれるだろうと、竹下の机の上から名刺を1枚拝借、自ら「小渕恵三君を自民党青年局代表にして派遣する。宜しくの程を。青年局長竹下登」と“裏書き”し、さらに勝手に机の上の青年局長の印鑑を押してしまったのだった。当時の自民党は、そのくらい“おおらか”でもあったということである。

 さて、小渕はこの旅のさなかのアルゼンチンで、「センキョチカシ キコクセヨ」の電報を受け取った。昭和38年(1963年)11月、衆院選公示はその1カ月後であった。待ちに待った初陣、帰国した小渕の選挙戦のキャッチフレーズは、「小渕恵三、26歳、独身。若さで政治に新風を送り込みます!」であった。旧〈群馬3区〉の地元記者のこんな証言が残っている。
 「3区の定数は4。長らく福田赳夫(元首相)、中曽根康弘(元首相)の両大物がいたことで、同じ自民党公認の小渕は『ビルの谷間のラーメン屋』と呼ばれていた。それでも小渕は、初陣はからくも自民公認3人のうちのしんがりで、全国最年少で当選した。以後もしぶとく連続当選を果たしたが、これには2回目の当選を果たしたあと結婚した千鶴子夫人の“人気”に依ったところも大きかった。ふくよかな顔立ち、生来のおおらかさと奥ゆかしさで、“小渕票”を集めたのです」

 初当選を飾ったものの2回目の当選を果たすまで結婚を先延ばしにしたのは、小渕のこの頃からの側近によれば、次のようなことからだった。
 「政界では、よく言われるように2回目の選挙が一番厳しい。1回目は物珍しさや“ご祝儀”で票を入れてくれるが、2回目はそうした目も醒めてしまうことからです。とくに小渕の場合は、『独身』と『ビルの谷間のラーメン屋』という、いささか侘しい“自虐ネタ”で凌いできただけに、2回目もなんとか『独身』を“売り”にしたかったというワケです」

 ラブレターによる猛アタックから4年後、2回目の当選を果たした直後、2人はようやく挙式した。政治家の結婚式は自らのアピールの格好の場とおおむねハデというのが相場だが、後年にして地味な政治家だった小渕のそれは、両家の家族、親戚などが50人ほど集まっただけのなんとも“ジミ婚”であった。
 小渕の地味な性格は、初当選同期の橋本龍太郎(のちに首相)が一足先に厚生大臣になり、同じ中川一郎が早い時期に一派の領袖になったことなどを尻目に、初入閣が初当選からじつに16年目の第2次大平(正芳)内閣での総理府総務長官という、これも地味なポスト就任であったことでも知れる。終生、オレがオレがのタイプの政治家ではなかったということである。

 その小渕が一気に政界の階段を駆け登るのは、竹下が田中角栄の呪縛から放たれ、政権取りに動き出してからであった。
 竹下は田中が脳梗塞で倒れ、再起不能とみるや田中派の大勢を取り込んだ形で竹下派を旗揚げし、まず小渕を派閥の事務総長に起用した。さらには、政権を取ると同時に、内閣の要である官房長官の重責を与えたのである。
 その官房長官時、のちの昭和天皇が崩御、元号の改称を「平成」と発表する重責に直面した。その「平成長官」たる前後、妻・千鶴子にかかる重圧、ストレスも並大抵ではなかったのだった。=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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