森咲智美 2018年11月22日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 鈴木善幸・さち夫人(下)

掲載日時 2017年12月18日 14時00分 [政治] / 掲載号 2017年12月21日号

 鈴木善幸は、初出馬では野党の社会党公認で当選を飾ったものの、2回目の衆院選ではナント与党の吉田茂率いる民自党にクラ替え出馬、当選を果たした。
 しかし、この「革新」から「保守」へという“コペルニクス的転回”には、当然のように有権者からの批判がついて回った。「あまりに節操がなさすぎる」「“見通し”がよすぎるのではないか」というものだった。そうした背景には、当時、次のような見方があった。
 「鈴木は社会党入りしたものの、理論至上主義と党内の内紛ぶりの凄さに、ホトホト嫌気が差したからという話が残っている。加えて、当時、2年連続の『キャサリン』『アイオン』の台風があり、この災害復旧には乏しい岩手県の財政援助だけでは無理があり、国の援助が待たれていたということもあったようだ。結果、現実的な懸案解決には、地元後援会の要請の一方で、もはや社会党ではダメという判断を自ら下したということのようだった。もっとも鈴木には、元々、思想的な裏付けは乏しかったという声がもっぱらだった」(岩手県の地元記者)

 ために、妻・さちは夫への「節操なし」の有権者の批判に耐えられず、以後、3回ほどの選挙では前面に出ることはなかった。のちに、鈴木が総理になって半年ほど経ったあと、筆者はさちにインタビューし、このあたりを質したことがある。夫が総理になったことで、すでにそのときのショックぶりはどこ吹く風、シレッとしてこう言い切ったものであった。
 「主人は民自党入りには、誰にも相談していませんよ。『与党に入って国家予算を地元へ』という地元の要請に応えたということです。総理としての初の訪米の際には、アチラさん(米国)も、『川の流れは、ときとして変わるものだ。それによって、端にあったクイも真ん中になることもある』と理解を示して下さったのです」
 ここでは、さちの“気丈ぶり”も、また知れたということであった。

 こうしたさちの気丈さは、鈴木が総理に就任したときにして“全開”だった。鈴木の総理就任直後に、報道陣からファーストレディとしての心構えを問われたさちは、ピシャリとこう言ったものであった。
 「カラスはカラス。白鳥にはなれません」
 そうしたさちを見続けた夫妻の次男で、現・五輪担当国務大臣の鈴木俊一は、その横顔を次のように語っている。
 「とにかく、母は家で政治家の親父の帰りをひっそりと待つというタイプではなかったですね。そら姉の小学校のPTAの会合だなんだと、私の子供の頃でもよく外で活動していた。また、新聞で親父がこう言った、ああ言ったと書かれますよね。おふくろは、よく読んでいました。親父はたとえ発言の真意を違って取られても黙っていましたが、おふくろは論調に文句をつけていた。親父が何か言われると、まず先に反論するのがおふくろだったんです。芯が強いというのか、“我”は確かに強く決して自分を曲げない。まあ、息子の私から見て、100点満点で75点の“政治家の妻”だったかも知れません」

 その鈴木政権に“かげり”が生じたのは、総理になって2年が経つ頃だった。この間、政権のバックにいる「闇将軍」田中角栄元首相への自民党内の批判が、即、鈴木政権を徐々に追い込む形になっていったということだった。一方、こうした空気の中では鈴木が目指した「行財政改革」も遅々として進まず、田中はそれを指して「いつまでも芝居の幕を上げないと客は帰ってしまうぞ」と、“警告”の弁を口にしていた。これは、鈴木政権が一刻も早く実績を上げてくれないと、自民党内の「反鈴木」勢力の批判はさらに高まり、結果的には田中自身の権力維持に影を射すとの思いが強かったからと思われる。
 結局、田中は鈴木政権に踏ん切りをつけることで、自らの影響力の温存を図った。影響力を残せるとの思いから、鈴木の後釜には中曽根康弘を担ぐのである。

 鈴木は昭和57年(1982年)10月12日、ついに電撃的な退陣表明をした。権力抗争のはざまに揺さぶられる我が身を、よしとしなかったということであった。
 その退陣表明の5日前、筆者はさちにインタビューをしている。振り返れば、ここでさちは筆者に退陣への“ヒント”を与えていてくれたのだが、惜しむらく、筆者は5日後の退陣を読み切れなかった思い出がある。さちは、こう言っていた。
 「主人は人道的な人間なんですよ。カキみたいに、岩にしがみついてもという男ではありません。そのうち、分かるわ」

 鈴木は「大宰相」の名前は残さなかったが、昭和53年、それまでの農林省の農業、林業に“水産”を加えた形で、農林水産省と名を変えた。それまでないがしろにされた漁業の重要性に、一貫して汗をかき続けた鈴木の、小さくはあったが金字塔と言えたのだった。

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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