森咲智美 2018年11月22日号

本好きリビドー(201)

掲載日時 2018年04月28日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年5月3日号

◎快楽の1冊
『新版 國語元年』 井上ひさし 新潮文庫 460円(本体価格)

 東京育ちの筆者だが、目元に発生するデキモノ(正確には『麦粒腫』と呼ぶそう)のことを「ものもらい」と言うより関西風に「めばちこ」と形容する方が、語感的にドンピシャな気がする。同様に酒を呑む時の肴、これも「さかな」や「つまみ」より、やはり西国流に「あて」と発音されると、若干旨さが増すような親近感が湧くのが不思議だ。
 「してはいけない」「やっちゃダメ」を意味する言葉が、同じ青森でも東の南部地方だと「わがんね」なのが西の津軽弁では「まいね」と違ってくる。
 これはもともと戦国末期まで南部氏の家臣筋だったはずの津軽氏が、小田原攻めに際し主君より先んじて馳せ参じたのを秀吉に愛でられ、ついでに独立同格の大名扱いにされた既成事実を南部側が深く恨み、以後両家犬猿の仲は徳川300年ずっと続いた(その間、南部藩士による津軽藩主暗殺未遂事件も発生)のだとか。そんな不倶載天の間柄を承知の上で、戊辰戦争の腹いせに明治政府が意地悪くあえて統一して一つの県にしてしまった…のかどうかはあくまで噂だが。
 六十余州に三百諸候がひしめいた旧幕時代はお国訛りも無数のこと。参勤交代を通じ、異なる藩の武士同士なら書状の交換など候文で間に合っても、話すとなると別問題で、とりあえずの共通語の役割を江戸山の手言葉が担ったらしい。
 政府の命令で全国統一話し言葉の草案づくりを託された主人公は長州弁、妻と舅が鹿児島弁、書生が名古屋弁で使用人たちは下町言葉に遠野や米沢訛り、そこへ京言葉の居候や河内弁の女郎に果ては会津弁の強盗がまぎれ込む…。'86年の初演以来繰り返し舞台化された傑作戯曲が装いを改めて刊行。言語の豊かさと土の匂いに爆笑しつつ、目頭も熱くなる。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 滋賀県の琵琶湖西岸にある街・雄琴。本誌読者でこの街の名を知らない者はいないだろう。東京・吉原と並ぶ特殊浴場、つまりソープランドが軒を連ねる歓楽街だ。
 ソープランドを「トルコ風呂」と呼ばなくなって久しい。『ちろりん村顛末記』(筑摩書房/820円+税)は、まだトルコ風呂といわれていた頃のルポルタージュである。時代は1971年に雄琴に第1号店が出店された頃。本書は'80年に発売された書籍の文庫化であり、いわば風俗ルポの先駆けとなった1冊でもあるという。
 といっても、色っぽいエロレポートはない。午前10時、昼すぎの午後2時、夕方4時と、時間を追うごとに人の流れに変化が現れる雄琴の街の様子をつづり、次に働く女性、経営者、従業員たちの飾らない姿を丹念にインタビューしていく。
 トルコ嬢たちの素顔に、まず興味をひかれる。特殊浴場創世記だけにワケあり女が多い。薬物中毒者も少なくない。そして、彼女たちの旦那“ヒモ”たち。“村”のアパートにはこの男女が集うように住み、彼らの行きつけの飲食店があり、中には子どもの姿も…。雄琴が性産業従事者の生活の場であったことがリアルに伝わるのも、この本の魅力の一つだ。
 そもそもタイトルの「ちろりん村」とは、ヒモ男たちが昼間から興ずるサイコロ博打の“チンチロリン”の擬音に由来するらしい。場末感が満載だ。どこか懐かしく、どこか寂しく、そしてどこか牧歌的で人情味あふれるドキュメンタリーである。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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