葉加瀬マイ 2018年11月29日号

真夏の特別読み物 幕末志士たちの「精力絶倫」知られざる性豪列伝〈伊藤博文〉

掲載日時 2018年07月30日 22時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年8月2日号

 伊藤博文は、周防国(現・山口県)の農家の長男として生まれ、吉田松陰の松下村塾で学び倒幕運動に参加した。明治新政府では、初代、5代、7代、10代の内閣総理大臣を務めている。この経歴を見ると政治一色だが、実は女性問題で最もマスコミをにぎわせた政治家でもあった。
 「伊藤は、松下村塾時代に最初の妻・おすみと結婚したものの、その後、下関の花街の芸者・梅子と再婚。しかし以降、もともと持っていた好色ぶりが爆発し、以降は芸者遊びや妾を持つことが伊藤の趣味となった。『予は巨万の財産を貯えるという望みもなく、ただ公務の余暇、芸妓を相手にするのが何よりだ』と自ら語っているほどです」(前出・歴史雑誌編集者)

 その行為で伊藤はマスコミの餌食となる。新聞『萬朝報』では、有名人の妾を暴露する連載記事を載せていたが、そこにも〈伊藤家に出入りしていた土木業者の長女・喜勢子を妾にしたが、すぐに病没、すると妹のつね子を妾にし、つね子も急逝。さらにその妹の雪子を手に入れようと、札束で父親を説得した〉といった内容が記されている。

 また政治家のスキャンダルを告発する『滑稽新聞』では、美人芸者を集めて酒宴を行い、名花と評判の阿捨を別邸の滄浪閣に引き取ったと書かれている。
 「伊藤の最大のスキャンダルは、1887年の首相官邸でのレイプ事件。首相官邸で仮面舞踏会が開かれ、深夜、女性の悲鳴が上がった。伊藤が岩倉具視の娘の極子を庭の茂みで襲ったとの噂が流れ、それが新聞で報じられたのです。ただ、真偽については明らかになっていません」(同)

 伊藤は明治42年(1909年)、ハルビンで安重根によって暗殺されるが、それまで下半身スキャンダルが報じられ続けたのだ。

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