菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 小渕恵三・千鶴子夫人(上)

掲載日時 2018年06月04日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年6月7日号

 来年5月には新天皇のもとで平成から元号が変わるが、昭和が終わる際の小渕恵三が竹下登内閣の官房長官時に新元号を平成と発表した姿は、現在20歳前後の人なら大方が記憶にとどめている。時に、小渕には「平成長官」の名があった。
 その後、竹下派が小沢一郎(現・自由党代表)らの離脱のあと小渕が派閥を継承、小渕派領袖として首相の座に就くことになったが、そこでは「凡人」「冷めたピザ」「真空総理」などあまり有難くない“異名”も頂戴したものだった。「ボトム・アップ」方式とされたリーダーシップで、まず周囲からの意見を積み重ねたうえで政策を前に進めるというキレ味の乏しさから付いた“異名”だったのだ。

 さて、その小渕の妻・千鶴子は、前任首相の橋本龍太郎の妻・久美子と双璧、「理想的な政治家夫人」と呼ばれていた。長く小渕の秘書を務めた一人は、その“横顔”を次のように話してくれたものであった。
 「政治家の妻としての必須条件であるタフさ、辛抱強さはもちろんだが、生来のおおらかさで周りを惹きつけていた。慈母観音のようなふくよかな顔立ちもあいまって、夫人がいると不思議にその場の空気が和らいでしまう。多少ギスギスした場でも、物事が円満な方向に向かってしまうという独特のムードがあった。加えて、万事が控え目で、小渕が外務大臣時代には揃って公の席に出ることが多かったが、夫人は必ず一歩下がったところにいて、万事に目立たないことを心掛けていたようだった。首相のときも同様で、メディアの前に出ることは避けていたものです」

 2人の出会いは、代議士だった小渕の父・小渕光平の選挙区だった旧〈群馬3区〉の同じ吾妻郡中之条町に共に住み、“幼なじみ”であったことに始まる。小渕光平は尋常高等小学校卒業後、叩き上げで製紙や電気関係の会社を起こして成功、周囲に推されて代議士への道を歩むことになった。しかし、選挙は滅法弱く、初当選以後3回連続落選、その後ようやく2回目の当選を果たしたといった塩梅だった。その小渕家の近所の製材所の娘が、千鶴子ということであった。正式に2人が交際をスタートさせたのは、小渕が早稲田大学第一文学部英文科に入ってからである。
 当時の小渕は、落選を繰り返して物心両面で疲弊する父親の姿を見、政治家として跡を継ぐ気はまったくなかった。英文科に入ったのも、シェークスピアの研究をし、将来は文学を志そうとしていたのである。

 しかし、人生はままならないのが常。早稲田に入学した3カ月後、ようやく2回目の当選を果たした父親が急逝してしまった。小渕の言葉がある。
 「親父の2回目の挑戦はさすがに家族の皆が反対、しかし自分一人だけが『最後の挑戦としてやってみるべき』と賛成した。それがあって、父親の無念を晴らすのは自分しかいないと考えた。そこで、政治家になろうと決断したんだ」

 ために、英文科を卒業すると政治学研究科の早大大学院に入っている。また、その間の父親の急逝後すぐ、早大雄弁会のサークルにも入って「政治家への道」の覚悟を固めていたものであった。私事になるが、じつは筆者も早大雄弁会に所属していたことがあり、次のような“小渕先輩”のエピソードを耳にしていた。国会議員を次々に送り出していた当時の雄弁会は、さながら“政治家養成サークル”のオモムキがあったのである。
 「雄弁会の会費を握るのが、幹事長のポスト。このポストを握れば、会費で仲間に飲み食いをさせ、信頼を得ることにつながった。やがて政治家への道に踏み出したとき、この仲間が選挙の手助けをしてくれるからだ。森喜朗(のちに首相)、渡部恒三(のちに衆院副議長)らは、こうした中で自民党もどきの幹事長争いにうつつをぬかしていた。しかし、小渕はそうしたポスト争いには関心がなかった。口の重いほうだった小渕は、弁論術そのもののマスターに熱心だった。驚くべきことは、雄弁会の一方で、演説は腹の底から声を出さねばと詩吟の会のサークルに入ったり、書道部のサークルにも入っていた。書道部に入ったのは、政治家になれば色紙を頼まれることも多いということで、なんとも早い“準備”に余念がなかったことによる」

 芯の強さは並々ならぬものをうかがわせるが、その“総仕上げ”が大学院在学中の世界一周の武者修行、いや放浪の旅であった。当時、作家・小田実の『何でも見てやろう』の世界放浪の本がベストセラーであり、時に1ドル=360円の時代、加えて外貨持ち出し額も制限されており、行く先々でアルバイトという文字通りの放浪の旅を敢行したのである。
 その旅先から、小渕はせっせと千鶴子にラブレターを送り続けた。放浪生活9カ月の中で、なんと300通も送っている。計算すれば、じつに1日に1通以上を出していたのであった。
=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

関連タグ:秘録・総理夫人伝

政治新着記事

» もっと見る

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 小渕恵三・千鶴子夫人(上)

Close

マダムとおしゃべり館

▲ PAGE TOP