彩川ひなの 2018年7月5日号

本好きリビドー(193)

掲載日時 2018年03月03日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年3月8日号

本好きリビドー(193)

◎快楽の1冊
『カネと共に去りぬ』 久坂部羊 新潮社 1500円(本体価格)

 その昔、徳川夢声の自叙伝に『銭と共に老ひぬ』というのがあったが、本書の表題作はそのものズバリ、かのミッチェルの名作のパロディーだ。それどころか収録の短編7本ともが、医療現場の最前線を共通のテーマにしつつ、すべて世界文学往年の傑作から状況設定の移植や文体模写を駆使した無茶な遊びに満ちている。
 たとえば冒頭の一編、カミュの「異邦人」ならぬ「医呆人」の書き出しは“今日、患者が死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない。同僚の当直医からLINE(ライン)で連絡をもらった”…こんな具合で、ちなみにその患者の名前が「真万(ママン)」さん、語り手の主治医が「村荘(ムラソー、もちろん原典はムルソーね)」とくれば思わず珍しい苗字博覧会か! と突っ込みながら読みたくもなるし、超高級老人ホームを舞台にした「カネと共に去りぬ」に至ってはスカーレット・オハラに相当するであろう老女が「小原紅子」なのはまだしも、レット・バトラー役が「列戸馬虎」っておい、そのままにも程があるよ! ネーミングセンスがあと一歩で「ハイスクール! 奇面組」と変わらないぞと、呟きたくもなる無理のオンパレード。無論、それを押し通したことに価値があるのだが、笑い者のはしくれとしては見過ごす訳にはいかない。
 江戸の銭湯で背中を流す三助の身から出世する男をスタンダール風に描く「垢と苦労」、老舗の中華料理店を題材に看板メニューを巡る家族間の深刻な対立をドストエフスキーの重厚さで「辛麻婆豆腐の兄弟」、あるいは米国の副大統領が月面着陸する話をサマセット・モーム的に綴る「月届くペンス」とか。いくらでも考えたくなる誘惑に駆られる1冊。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 「あなたは犬派? 猫派?」と聞かれることがあるが、週刊実話読者はどちらが多いだろう? 実は昨年暮れ、日本において猫の飼育数が犬を上回ったという調査が発表され(全国犬猫飼育実態調査/ペットフード協会)、猫の人気が急上昇している。
 そこで、犬派の方にもぜひ読んでほしい1冊が、『それでも猫は出かけていく』(幻冬舎/540円+税)だ。
 漫画家のハルノ宵子さんが2014年に著したエッセイの文庫版。
 著者のハルノ宵子さんは、思想家・批評家の故吉本隆明氏を父に持つ。その父が猫好きであったことから、吉本家の縁側は自由に猫が出入りできるよう、常に解放されていたという。
 家に住みついた4匹に加え、捨て猫、ケンカばかりしかけてくるチンピラ風、美しい姿のメスなど、なんと十数匹。いずれも個性的で、ひと筋縄ではいかない奔放な猫たちと、人間とのふれあいが楽しく読める。
 といっても、猫かわいがりしただけの甘ったるい作風ではない。猫たちは自由気ままで、したたかで、ワイルドで、吉本家になついているとはいえ一定の距離を置いている。人間の世界に身を置きながらも、野生を失わない。それこそが猫本来の姿と思えてくる。そして著者は、その中に人が生きる意味や術を読み取ろうとする。
 動物が人に何かを教えてくれることを伝えてくれる本だ。
 猫派はもちろん、これを機会に犬派から鞍替えしてみようと考えている方にオススメだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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