神戸山口組 髙橋久雄幹部が電撃引退表明 発足メンバーでは初

社会・2020/05/14 23:00 / 掲載号 2020年5月28日号
神戸山口組 髙橋久雄幹部が電撃引退表明 発足メンバーでは初

画像はイメージです

閉じる

 ゴールデンウイーク明けの5月7日、予期せぬ事態が起きた。神戸山口組(井上邦雄組長)の結成当初からのメンバーである髙橋久雄幹部が引退し、自身が率いる雄成会(京都)の解散も決めたというのだ。

 特定抗争指定に突入して以降、各地の主要拠点が警戒区域に指定され、六代目山口組(司忍組長)と神戸山口組は著しく行動を制限された。新型コロナウイルスの感染拡大によって各会合も中止となり、さらに身動きが取れない状況に陥っている。髙橋幹部が引退を決意するに至った背景には、こうした現状も影響を及ぼしたのではないかとさえ囁かれたのである。

「髙橋幹部が本拠を構える京都市も特定抗争指定の警戒区域になり、組事務所への出入りは禁止された。それに、新型コロナによる自粛ムードで業界の景気は悪くなる一方。組員もそう多くはなかったようだから、組織運営に支障を来した可能性はある」(他団体幹部)

 髙橋幹部は、事前に神戸山口組の最高幹部に引退を申し入れていたという。
「4月末か5月上旬のことで、その時点では保留になっていたはずだ。それが、7日の夕方になって髙橋幹部が地元の京都府警本部に現れ、担当の警察官に自身の引退と雄成会解散の意思を伝えたと聞く」(同)

 行動に移すタイミングが素早かったこともあり、一部では特定抗争指定逃れの偽装解散を疑う声もあった。

「もしそうならば、処分状を作成するなどしていただろうが、処分状も警察当局にとっては判断材料の一つにしかすぎない。組長自身の今後の身の振り方はもちろん、傘下組員たちがカタギになるのか、現役を続行するならどの組織に移るのかなど、詳しく聞き取りをする。警察が重視するのは実態であるため、偽装するのは困難だ。しかも、髙橋幹部は神戸山口組からの決定を待たずに府警本部へ出向いたようだから、本人の意向に偽りはないだろう」(業界ジャーナリスト)

 それを裏付けるかのように、同日には六代目山口組から各ブロックに重要通達が回ったのだ。

「髙橋幹部が引退して組織が解散したことを知らせると同時に、一切関わらないようにと注意を促す内容だった。つまり、引き抜きや攻撃は御法度としたわけだ。無用なトラブルを避けるためだったと思われる」(同)

 さらに、4月28日に出所した宅見勝若頭射殺事件の実行犯である元組員に関しても、勧誘を禁止する内容が付け加えられたという。

「六代目山口組は髙橋幹部の引退が決定的となって、即座に通達を出した。特定抗争指定で厳しい規制が掛かる中でも、執行部が迅速に対応できる体制にあるということだ。それが抗争再燃に向けて水面下で準備を進めている表れなのか定かではないが、六代目山口組が臨戦態勢を続けているのは間違いなさそうだ」(同)

 一方の神戸山口組は、昨年末に太田守正舎弟頭補佐が引退し、太田興業も解散。さらに、年明けには安岡俊蔵舎弟が引退し、二代目誠会が解散、同会の柴崎勝若頭も引退していた。今回の髙橋幹部の引退により、最も多かった時期の直参28人から23人に減少。

 同じく「幹部」を務めていた古川恵一幹部は、六代目山口組・髙山清司若頭が出所して約1カ月経った昨年11月、二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)に所属した経歴を持つ朝比奈久徳元組員によって、兵庫県尼崎市で射殺された。朝比奈元組員は犯行後、京都に向けて逃走。京都府警に発見されて身柄を確保されたが、髙橋幹部を狙いに行ったと供述したという。

 以後、神戸山口組の直参引退、解散が相次いだのだ。

 髙橋幹部の経歴を振り返ると、今回の引退という選択が、いかに苦渋の決断だったかが伝わってくる。

 京都の名門テキヤ組織として知られる地蔵組の若頭を務めた髙橋幹部は、六代目山口組の若中だった地蔵吉一組長が平成19年3月に引退したのに伴い、二代目地蔵組組長として直参に昇格。平成21年、雄成会に改称した。司六代目体制では総本部当番責任者を務めるなどしたが、平成27年の山口組分裂では神戸山口組に参画し、六代目山口組から破門処分を受けた。神戸山口組では平成29年4月、若中から新たに設けられた「幹部」に就任。発足当初のメンバーの引退は、髙橋幹部が初めてとなった。

「名門組織の流れが途絶えたのは残念やが、神戸山口組が戦い続けるいう姿勢に変わりはないやろ」(関西の組織関係者)

 六代目山口組の中核組織である三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)では、風営法違反容疑などで三度も愛知県警に逮捕された松山猛統括委員長が、4月29日に処分保留となり釈放されていた。野内正博若頭を筆頭とする弘道会の執行部メンバーが再び揃い、より結束が強まったといえる。

★弁護側が異例の無罪主張

 だが、5月7日には六代目山口組直参の新たな法廷闘争が幕を開けた。組員に暴行を加え、重傷を負わせたとして傷害罪に問われた植野雄仁・二代目兼一会会長(大阪中央)の初公判が、大阪地裁で行われたのだ。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、法廷内ではマスク着用が義務付けられ、一般傍聴席は35席から11席に減らし、間隔をあけた着席が求められた。そんな異様な雰囲気の中、植野会長もマスクを着けて入廷。逮捕から2カ月間の勾留を強いられていたが、やつれた様子はうかがえなかった。

 起訴状によると、昨年5月20日の午後3時半ごろ、東大阪市にある六代目山口組・橋本弘文統括委員長(当時=のちに引退)率いる極心連合会(解散)の本部事務所1階において、A組員に対して平手や拳で顔を殴り、足で蹴るなどの暴行を加え、左目失明など全治約1カ月のケガを負わせたとされる。裁判官から起訴内容について問われた植野会長は、証言台の前でしばらく沈黙したのち「間違いありません」と認めた。

 ところが、植野会長の意向と同様と思われた弁護側が、「犯人性は争う」などとして無罪を主張。「傷害結果が生じていることは争わないが、ケガの程度については争う。また、どうして傷害が生じたのか。暴力そのものが、どういったものなのかよく分かっておらず、なぜそうなったのかを争う」と述べたのである。

 検察側は冒頭陳述で、暴行の経緯をこう明らかにした。A組員は事件の数日後、極心連合会の傘下組織の跡目を継承する予定になっていたが、事務所にいた同会最高幹部がそれに異を唱え、A組員が反論。立場が上の最高幹部に対して暴言を吐くなどしたため、その場にいた極心連合会副会長だった植野会長が咎めたという。しかし、なおも反発したことから植野会長が暴行に及び、A組員による謝罪があるまで続けたのだった。

 暴行は事務所の別室で行われたため直接見た人物はおらず、検察側は医師の診断書の他、「会議室から怒鳴り合う声が聞こえた」などと話した最高幹部らの供述調書を、証拠として提出。

「被告人が起訴内容を認めたのに弁護側が無罪を主張し、検察側は戸惑いを隠せない様子やった。しかも、弁護側は被害者のA組員が『殴られた』とは言っておらず、『ドアに当たった』と供述しているとして、検察側に新たな証拠の開示を求めたんや。裁判官から『(暴行を)直接見ていたという人はいないのか』と問われ、『直接は…』と言ったきり検察官が沈黙する場面もあったで」(地元記者)

 植野会長は昨年6月20日、証拠隠滅の罪に問われた裁判で懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を受けている。証拠隠滅事件は一昨年2月、兼一会本部前での傷害事件に関して、犯行状況が映った事務所の監視カメラ映像を消去したというものだった。大阪地裁は「植野会長の指示、了承のもとに行われた」としたのだ。

「とにかく、警察当局が植野会長に狙いを定めとった。特定抗争指定の効力が発生した直後も、組員5人以上が集結しないか兼一会周辺を監視しとったくらいやからな」(前出・地元記者)

 植野会長は5月8日に保釈され、現場復帰を果たしたが、今後は分裂抗争とともに、法廷闘争にも臨むことになりそうだ。

_

関連記事
関連タグ
社会新着記事