葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(172)

掲載日時 2017年09月30日 15時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年10月5日号

◎快楽の1冊
『完本 麿赤兒自伝 憂き世 戯れて候ふ』 麿赤兒 中公文庫 900円(本体価格)

 生の麿赤兒氏を目撃したのは2度。そう、それは「見た」でなく「目撃」とした方が妥当な経験で、最初が“麿赤兒 母校に帰る”と確か題された早稲田大学での舞踏公演。闇夜にほの白く浮かび上がる麿氏とその一党、大駱駝艦の面々が繰り広げる舞台は地獄の祝祭のようでグロいのに美しい。クラシックのようでジャズのようにも聴こえる独特の伴奏音楽の選曲の繊細さとともに思い出す。なにしろ奇麗だった。
 お次が何と中央線の混んだ車内で。ドア付近にもたれた氏は革ジャンに身を包み車窓から外を眺めつつ、悠々と細い葉巻を吸っていた。繰り返すが電車内ですよ。だが、そのたたずまいの溜息が出るくらい特権的な自然さ。煙草の吸い方ひとつに現れる「域外」に棲息する人物の持つ無言の説得力に茫然と、至近距離で思わず見惚れたのも15年ほど前のこと。
 そんな氏の自伝の完全版が文庫化された。若き日の暗黒舞踏のドン、土方巽との遭遇(2人の関係は師匠と弟子というより限りなくライバルに近い盟友というか、ちょっと正岡子規と高浜虚子に似た感あり)をはじめ、唐十郎氏率いる状況劇場在籍時の寺山修司「天井桟敷」との抗争などアングラ演劇裏面史として手に汗握るエピソード満載な痛快青春記だが、やはり圧巻は麿氏がある契機から亡父の歴史をたどる過程で三上卓と出会う場面だろう。
 元海軍軍人にして昭和7年にあの五・一五事件を起こした首謀者、右翼(だけではないが)の愛唱する「昭和維新の歌」の作者である。犬養首相はどこが悪かったのか、と問う氏が「悪いからやったのではない、むしろ立派だったからだ」と返されるくだりには唸るのみ。巻末に御子息2人との鼎談も併録。文句なくカッコいい父子だ。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 男たるもの馴染みの居酒屋の1軒くらいは持っている。だが、馴染みであるがゆえ、リラックスできても新たな発見やドキドキ感は薄くなる。
 それなら、新しい店を開拓するというちょっとした“旅”の気分を居酒屋巡りに加えると、見知らぬ世界に出会えるのではないか。しかも、普段は足を向けることの少ない地域へと、あえて出向く。そんな場所にある居酒屋を「辺境酒場」と呼んだ本が『辺境酒場ぶらり飲み』(リイド社/1296円+税)だ。
 案内役はフリーライターの藤木TDC氏と漫画家の和泉晴紀氏。50歳をとうにすぎたオッサンのコンビが東京近郊のディープなゾーンへ行き、一見客として暖簾をくぐる。そのルポを和泉氏の漫画で綴るという肩の凝らない1冊だ。
 初めて訪れる店だけに、あれこれと想像を巡らせる2人の姿がほほ笑ましい。例えば江戸川区瑞江の酒場。すぐ隣は千葉県という東京の辺境だ。この地にある女将が1人で切り盛りする店で注文したつまみは、ウインナー炒め。なぜウインナーなのか、その理由が「なるほど」と納得でき、面白い(詳しくは本書をお読みください)。
 また、新宿区東新宿の店で出会ったマスターはモヒカン頭の元暴走族。ところが外見に似合わず料理上手で、意外なつまみが絶品…などなど、興味深いエピソードがてんこ盛り。
 他にも船橋市本中山、北区尾久など、全25地域の辺境酒場が紹介され、確かにこれは身近な、という“旅”気分を味わえる。楽しく読める1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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