葉加瀬マイ 2018年11月29日号

プロレス解体新書 ROUND32 〈“両者KO”極限の死闘〉 名勝負を生んだ藤波の頑張り

掲載日時 2016年12月26日 16時00分 [スポーツ] / 掲載号 2016年12月29日号

 次代のエースを争う藤波辰巳(現・辰爾)と前田日明のシングル対決。直前の新日本プロレスvsUWFの5対5勝ち抜き戦では、藤波が藤原喜明の場外パイルドライバーで大流血し、ハンデを抱えての対戦に前田が勝利を収めたが、シングル対決でもまた、藤波は大流血のアクシデントに見舞われた。

 日本人トップレスラーの中で、藤波ほど評価の分かれる選手もいないのではないか。
 「ジュニア時代のドラゴンブームを知るファンなら、華やかなスター選手のイメージを強く持つでしょうが、ヘビー転向後しか知らないと、長州力らの影に隠れた“地味な存在”と感じるかもしれません」(プロレスライター)

 人格についてもそうだ。
 「新日社長となってからの藤波は、周囲やマスコミから“コンニャク”と揶揄されるほど、その優柔不断さを指摘されたものですが、しかし、それは深謀遠慮の故でもある。藤波ほど多くの岐路に立たされた選手はいないですから」(同)

 アントニオ猪木の後継をにらんだジュニアからヘビーへの転向、長州人気に押されて敵役となった“名勝負数え唄”時代、全日本プロレスのジャイアント馬場からの移籍話、さらに自身の度重なる故障…。
 「今ではネタ扱いされることの多いドラゴンボンバーズの結成や無我の設立、社長時代に橋本真也の独立問題で揉めたZERO-1も、本来は興行やアングルを考えてのもの。ドラゴン・スープレックスからドラゴン・スリーパーへと至るフィニッシュホールドの変遷も、自身のパフォーマンスとリング上での説得力を考え合わせた上のことで、その時々に思い悩んでいたことがうかがえます。結果として移籍も引退もしなかったことで、低迷期の新日が完全崩壊に至らなかった事実もあるわけで、その点での藤波の功績は多大だと言わざるを得ません」(同)

 藤波は“強さ”の点でも意見が分かれる。
 「藤波を弱いとするのは、主にミスター高橋が著書の中で〈格闘家としてはお世辞にも強いと言えない〉と断言したことの影響でしょう。確かに五輪代表の長州と比べれば、レスリング技術でこそ劣るかもしれないが、いわゆる“極めっこ”など、新日流のグラウンド技術で劣っていたわけではない」(新日関係者)

 UWF軍として新日参戦していた前田日明が、藤波との対戦後に「無人島だと思ったら仲間がいた」と、賛辞を送ったのもここに由来する。
 「この言葉を“藤波がUWF勢のキックや関節技を正面から受け止めた”という、受け身の部分に対する評価と理解しているファンは多いようだが、それだけではない。前田の真意は、新日道場で練習を重ねてゴッチの下で学んだ藤波に、UWF勢と同じバックグラウンドを見つけたということだったと思いますよ」(同)

 さて、その両雄が対戦した試合は、1986年6月12日、大阪城ホールでIWGP予選として行われた。猪木らのAグループと、藤波や前田のBグループに分かれてリーグ戦が争われ、それぞれのトップが決勝進出するという方式である。
 藤波と前田は、ディック・マードックとともにトップを競っており、この試合に勝利すれば決勝進出に向けて大きく前進するという、大事な一戦であった。

 猪木vs藤波の師弟対決となるのか、それともついにファン待望の猪木vs前田が実現するのか。大きな注目の中で試合は始まった。
 終盤に前田が放ったフライング・ニールキックにより、藤波が目尻を切って大流血したことで知られるこの試合だが、加えて注目したいのが序盤戦だ。
 藤波は前田と互角以上のグラウンドの攻防を見せ、スムーズな入りからのクルック・ヘッドシザース…U系の代名詞的な技を披露している。さらにはローキックも繰り出すなど、格闘プロレスにしっかり対応してみせたのだった。

 5分を過ぎた頃からは、攻めの前田に受けの藤波と、それぞれの特色が際立つ好勝負となる。
 藤波の流血アクシデントを招いた前田のニールキックが、通常の体を横に倒しながら飛び上がる形ではなく、タテ回転の大車輪キックのような形になったのは、前田いわく「藤波さんならこのくらいは大丈夫」との信頼感からのことだった。

 ちなみに後年、前田は藤波との対談の中で、その出血について「(レフェリーのミスター)高橋さんがまたいらんことをしたのかと思った」と話している。
 “いらんこと”とは、つまりレフェリーが故意にカットしたという意味。前田が“流血の魔術”など不要と感じるほどに、藤波との闘いに対して手応えを感じていた証左であろう。

 結果は藤波のレッグラリアットと前田のニールキックが、相打ちとなっての両者KO。恐らくは事前の予定通り、共に“決勝進出しない”ための引き分けとなった。
 「前田が頭から落ちて立ち上がれないというのは、やや無理やり気味でしたが、それでも観客から不満の声が上がらなかったのは、大流血を押して闘い続けた藤波の頑張りがあってのことでした」(スポーツ紙記者)

 なお、同年の決勝は猪木とマードックの間で争われ、猪木の勝利に終わっている。

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