葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(182)

掲載日時 2017年12月09日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年12月14日号

本好きリビドー(182)

◎快楽の1冊
『仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版』 春日太一 文春文庫 790円(本体価格)

 齢80を超えて最近ではツイッターまで始め益々意気盛んな名優・仲代達矢。今さら余計な注釈など一切入れる余地のない本物の生ける日本映画史、それも数百本以上にのぼる出演作のほとんどが名作・傑作・話題作・ヒット作といった彼が本書で語るのは、無論単なる懐古譚や思い出話の類ではない。
 歴代組んできた巨匠たちや共演した俳優たちとの知られざるエピソードはもちろんだが、並居る監督たちが仲代氏という役者を、それぞれどう「使った」のか冷静な分析が極めてスリリングで興味深い。
 俳優座での訓練からやがて氏が主宰の『無名塾』へと受け継がれた方法だそうだが、演劇において観客にまず何より聞かせねばならないのは台詞。これをとにかく明瞭に客席に届けるためにはそれ以外の余計な音は出来得る限り削ぎ落すのが望ましい。そこでどれだけ舞台を歩こうと激しく動き回ろうと決して足音が立たず発声の妨げにならない走行法が、独自に開発されたという。実際に氏の足裏は、長い年月その走り方に鍛えられた結果見事に(?)変形しているのだとか…と、これは仲代氏に直接取材し直に足にも触れた著者から教わった余談だが。
 イデオロギーと背中合わせの理論ばかりが一時期横行した観の新劇出身ながら、大切なのは“そうじゃなくて技でしょう”と言い切る氏の演技論はアスリートの技術論にそのまま通じて読んでいて清々しく、斎藤隆介の名著『職人衆昔ばなし』まで連想してしまう。
 “もし死ぬ時、『今まで出演した映画から1本だけ選べ』と言われたら”“やっぱり『切腹』です”の言葉には双手を挙げて御意! と叫びたい。主演、脚本、音楽、美術…すべてが渾然一体に結晶のこれぞ総合芸術だ。(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 アダルトビデオに関する著書等もあるライター・東良美季氏が、風俗業界の裏側をルポした新刊を出した。タイトルは『デリヘルドライバー』(駒草出版/1500円+税)。デリヘル嬢を車に乗せ、客の元へ送り届けるドライバーたちのリアルな夜を綴ったノンフィクションだ。
 本書には、携帯電話を手に夜の道路を疾走し、見知らぬ男と女の逢瀬をサポートする9人の男が登場する。ヤクザや闇金、違法ドラッグの売人など裏稼業の者もいれば、将来を嘱望されたバイオリニスト、性転換を経て“男”となった元女性など多種多彩だ。
 「デリヘルドライバー急募」「即採用」「日給1万円以上日払」、さらに「年齢不問」と書かれた夕刊紙の広告を目にし、運転免許だけを頼りに職に就いた男たち。彼らは一体、どのような人生を通過してそこにたどり着いたのか、9人それぞれのドラマが興味深い。
 また、どんな気持ちで運転しているのか、最も心掛けていることは? と問われると「時間厳守」、つまりスピードと安全が大切という。
 仕事に対する責任感を持ったごく普通の社会人であり、後部座席に座るデリヘル嬢の私生活には決して深入りしない。夜の女たちを冷静に見つめる視線を持ったプロフェッショナルといえよう。
 性とカネが渦巻く風俗業界を客観視しつつ働く彼らは、さながら夜の街を対岸から眺めている傍観者のようで、読み終えると人間のしたたかな凄みを感じさせる1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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