過去を消した女たち 第10回 マナミ(42) 若い頃に風俗嬢だったことで開けた彼女の現在

エンタメ・2020/05/25 22:30 / 掲載号 2020年5月28日号

「学費を稼ぐためにヘルスで働いていたのは20歳の頃でした。両親が離婚して、父親と暮らしていたんですけど、経済的に頼ることができず、仕方なく働きはじめたんです」

 42歳になるマナミは、人もまばらな喫茶店で、はきはきとした口調で話してくれた。小柄でショートヘアの彼女は、今は介護の現場で働いている。

「人手が足りないので、きつい仕事ですけど、私にとってやっとやりがいのある仕事を見つけたという感じですね。落ち着いた生活を送っています」

 マナミは週に5日ほど介護士として働き、これまでの人生では得られなかった充実した日々を送っているようだった。とはいえ、風俗で働く以前の彼女の人生は、どこにでもある極めて平凡な日々だったという。

「父親は都内近郊で、小さな運送会社を経営していました。仕事は順調で、子どもの頃はおもちゃでも何でも買ってくれました。何不自由ない生活が一変したのは、高校生の時です。理由は詳しく聞いてないですけど、会社が倒産し、それまで暮らしていた家を出ることになり、両親は離婚したんです。母親とは折り合いが悪かったので、私は父親と一緒にアパートで暮らすことになりました」

 高校卒業後、マナミはデザイン関連の専門学校へ通った。

「ウェブデザイナーになりたいという希望があったんです。父親はその頃、タクシーの運転手をはじめたんですけど、私の学費を払えるほど稼げてはいなかったので、稼げるアルバイトを探して、行き着いたのが風俗の仕事でした。水商売で働くことも考えたんですけど、いちいち接客とかするのが面倒くさくて、それなら風俗にしようと思ったんです」

 それにしても思い切った決断をしたマナミだが、その背景には学業を続けたいという強い思いがあった。
「奨学金という選択肢もあったのかもしれませんけど、借金をするのは嫌でした。当時の私が学費になるだけのお金を稼ぐには、風俗しかなかったんです」

 マナミが選んだのは、店舗型のヘルスだった。

「男性経験はありましたけど、片手で余るほどしかセックスをしたことがありませんでした。ヘルスだったので、本番をするわけではないですし、それほど抵抗はありませんでした。ここで働かないと学校に行けないという思いがあったので、必死でしたね」

 学費を稼ぐのに十分な収入は得られたマナミ。しかし、更なる負担がのしかかってきたという。

「月に50万円ほど稼げたので、学費は楽に払えたんですけど、父親が仕事を辞めて家に引きこもるようになってしまったんです。専門学校を卒業したら、風俗の仕事は辞めようと思っていたんですけど、いつの間にか父親が作った借金の返済をしなければならなくなり、ずるずると仕事を続けなければなりませんでした」

 マナミは取り立てて美人というわけではない。だが、愛想がよく、人の話をよく聞くので、客の指名が途絶えることはなかったという。

「指名のお客さんがついてくれたので、年を重ねるごとに仕事は楽になっていったんですけどね。一方で、お客さんから付き合って欲しいとか、結婚したいとか言われ続けて、それが苦痛でたまりませんでした」

 風俗で働き続けて5年。父親の借金も片付いた時、彼女は結婚を決意したと同時に足を洗った。
「風俗の仕事の合間に、一度、牧場にアルバイトに行ったことがあったんです。そこで知り合った男性と、それから付き合うようになりました。すぐに結婚しようということになったので、風俗で働いていることは、話さないまま辞めることにしました。父親も、私と一緒に暮らしていると頼ってくるので、ちょうどいい機会だったと思います」
 結婚後、2人の子どもに恵まれたマナミ。パートなどにも出ることなく、専業主婦として暮らした。

「夫は真面目な人だったんですけど、束縛がひどかったんです。女性は家庭を第一に見て欲しいという考えだったので、いつも息苦しさを感じていました。私はもう、家庭に縛られるのが嫌だった…。それでケンカが絶えなくなって、上の子が小学校3年生の時に離婚することになったんです。子どもの親権は夫に持ってもらいました。私はとにかく、子どもとか家庭に縛られたくなかったんです」

 これまでの人生を振り返ったとき、風俗嬢だった過去は、その決断に何らかの影響を与えたのだろうか。

「風俗という仕事は、私にとって人生を切り開く手段であり、1人で生きていくことができると教えてくれた存在でもありました。人に頼らずお金を稼ぐことの楽しさを教えてもくれました。それだから、結婚生活に息苦しさを感じたんだと思います。現在の介護職は、人間の素の部分が見えるんです。おじいちゃんが体を触ってくるなど、介護士を風俗嬢と勘違いしているような人もいます。でも、若い頃に風俗嬢だったことで、度胸がついたのか、あんまり気にならないんです」

 風俗というと、どうしても暗く、ネガティブなイメージがつきまとうものだ。しかし、マナミの言葉から、人生におけるひとつの武器であるということを教えられたのだった。

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