菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(214)

掲載日時 2018年08月04日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年8月9日号

◎快楽の1冊
『やっぱ志ん生だな!』 ビートたけし フィルムアート社 1400円(本体価格)

 思えば20年くらい前に読売新聞の編集で出たムック(雑誌仕様の)本、『志ん生!落語ワンダーランド』のキャッチコピーがふるっていて、“「志ん生って?」「たけしより凄いんだ」”。
 その存在の巨大さを例えるのにまさに最適の比喩で唸らされた。志ん生往年の名作ギャグ、どれくらい大きい茄子かを形容する表現で「そうだな、暗闇にヘタをつけたような…」を巧みに応用した形に、思わず膝をたたいてニヤリとさせられたもの。
 ともあれすべてのお笑い好き、演芸ファンにとって願ってもない、尽きぬ楽しさに溢れた1冊の登場だ。落語界不世出の巨人・五代目古今亭志ん生を笑いの天下人・ビートたけしが語るというのはちょっと、スケールからしてプロ野球の大谷翔平が王・長嶋を、ボクシングの井上尚弥が白井義男を、あるいは将棋の藤井聡太七段がひふみんを語るのとは訳が違う。強いて挙げるなら20世紀最大の指揮者、フルトヴェングラーがバッハやベートヴェンはじめ大作曲家を論じた名著『音と言葉』を連想するといえばやや腑に落ちるだろうか。
 名人は名人を知る、の台詞を地で行く観の何ひとつ抽象論に陥ることのない明快な芸談義が心地よく、志ん生の高座を収めたCDをBGMがわりにいつまでも身を委ねたい誘惑に駆られる、巨匠が巨匠と切り結ぶぜいたくさ。
 現在放送中の『西郷どん!』にはすっかり無関心の筆者だが、昭和39年前後の東京を舞台にした来年のNHK大河ドラマ『いだてん』では、ついに志ん生役を著者が演じ、その妻りん役が志ん生の実の孫にあたる池波志乃と聞けば穏やかではいられない。夢のたけし=志ん生シンクロ現象を目撃する前に、予習テキストの意味でも必読。
(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 「一行怪談」というものをご存知だろうか。例えば、こんな一文だ。
 「食べられないものありますか? と出されたメニューに人の名前しか書かれていない」
 何気なく読んでしまうが、改めて読み返すとゾッとする。つまり、人肉を提供するレストラン。
 こんなのもある。
 「どんなに探しても見つからなかった婚約指輪が、焼いたばかりの母の骨に混じっていた」
 婚約指輪の持ち主は娘だろうか。娘の指輪が、なぜ母親の体内にあるのか。飲み込んでしまったのか。だとしたら、なぜ飲んだのか。もしかして嫉妬で飲んだ? 嫉妬だとしたら、娘の婚約者と母の間に何かあった可能性が…と、謎と恐怖が膨らんでいく。一行の中に、身の毛もよだつストーリーが詰まっている。
 そうした一行の怖い話を200篇近く掲載したのが『一行怪談(二)』(PHP研究所/648円+税)。タイトルに(二)とある通り第2巻目であり、1巻目は昨年夏に発売され話題となった文庫である。
 とにかく怖い。というのも、どの一行怪談も我々が暮らす身近な場所や風景の中に、トンデモない恐怖を盛り込んでいるからだ。前出のレストラン然り。また通勤電車の車内に、毎日通る道にある公園に、いつもと違う光景があり、しかもそれが人間の「死」「犯罪」「霊」などを連想させる。そして、もしかしてその光景は自分の近くにも、リアルに存在しているのではないか、とさえ思えてくる。
 猛暑の夏に最適な1冊。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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