林ゆめ 2018年12月6日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第43回

掲載日時 2016年11月12日 14時00分 [政治] / 掲載号 2016年11月17日号

 「いいんだ。佐藤(栄作)政権の泥はオレが全部かぶる」。こうして、佐藤政権の絶対ピンチを救った田中角栄。佐藤首相は続出する閣僚らのスキャンダルで野党から「衆院を解散して国民に信を問うべき」の猛攻を、田中幹事長らを更迭するという手で辛うじて解散を振り切った。解散・総選挙となれば自民党の惨敗は自明の理、“トカゲの尻尾切り”で政権の延命を図ったということだった。
 幹事長を辞めた田中は、砂防会館の個人事務所で過ごす時間が増えた。「オレは忙しい」と皆がやる麻雀などはやらず、趣味に近いのは唯一、将棋。後年もよく事務所を訪ねてくる小沢一郎や梶山静六らを相手にした。「セッカチの角さん」らしく一局15分ほどの“スピード将棋”で、優勢だと扇子を片手にハナ歌も出たが、劣勢となるとしきりに「切ない。切ないねェ」を連発するのが常だった。負けず嫌いらしく、負けると勝つまで必ず「もう一番ッ」であった。

 そんな折、生涯のもう一つの趣味となるゴルフと出会うことになる。佐藤首相の子息の佐藤信二(元通産大臣)が、こんな証言をしてくれたものだった。
 「親父(佐藤首相)が一番初めに勧めたんだが、田中さん『ワカッタ、分かりました。そのうち』と言いつつ、陰では『あんなもん、オレは絶対やらん』と言い張っていた。ところが、一度コースに出てからはすっかり病みつき、後には『世の中でゴルフくらい面白いもんはないッ』と言い放っていた。後は田中さんの性格通りで、何事にもやるとなったら一生懸命、全力投球、『やるからにはシングルを目指すッ』と意気込んでいた」

 一度コースに出てゴルフが面白いと知った田中は、秘書に命じていわく「ゴルフ関係の本をありったけ買ってきてくれ」だった。ここでも、取り組む物事すべからく中途半端が許せないという田中の性格が出ていた。結局、秘書は書店を歩き回り、入門書、実用書、歴史書、ゴルフ雑誌を買い集め、「積み上げると優に1メートル、重さは3貫目(約11キログラム)もあった」そうだ。
 その上で、TBSゴルフスタジオに通い、3カ月レッスンプロの指南を受け、毎日“脅威”の600発の打ち込みに励んだのだった。ためか、ゴルフを始めて半年でハンディ18までいった。併せて過去のスコアカードは1枚残らず女性秘書に整理させ、「今日はゴルフ」と決めたら風雨関係なし、「気象庁の言う通りに動いておったらナニもできやせん」で、年間、実に250ラウンドほどは回ったものだった。
 一方、スタイルはお世辞にも紳士的とは言い難く、ズボンのベルトにタオルをぶら下げてセッカチに打つ“土建屋ゴルフ”だった。得意はバンカーショット。しかし、最後のパターは苦手であった。なるほど、田中の政争でのありさまと似ており、さて、多くがどう出すかで悩むバンカーショットは見事に抜け出すのが得意、「攻めには強いが守りに弱い」の通り、最後の詰めが甘くなるのはパターの苦手に表われていた。

 これは後年、首相になって以後のエピソードだが、“角さんらしさ”を三つばかり挙げてみる。いずれも、政治部記者の証言である。
 「昭和47年9月、日中国交正常化のため北京入りした前日も、小金井カントリー倶楽部へ寄っている。折から台風模様だったが、2ラウンドをこなし、『これだけやれば、中国料理が1週間続いても持つ。まァ、無事に日本に帰って来られたら、10月中にはハンディを三つ減らす』と意気込んでいた。あの歴史的な外交交渉に出向く前日のこうした言動は、相当のクソ度胸と成算を見ないわけにはいかなかった」
 「夏は軽井沢の別荘で早坂茂三秘書(当時)と2人だけの自炊で“合宿”。連日、2ラウンドをこなす強行ぶりで、早坂も半ば音を上げていた。東京でどうしても田中に会いたい、という政財界の大物などから声が掛かっても、『会いたければこっちに来い』という姿勢だった。また、首相当時には、ゴルフ場のロビーで記者会見をやっつけたこともある。そんな首相は、憲政史上、田中をおいて他に例がなかった」
 「明治神宮への参拝帰途の車中で、突然、田中がモーニングを脱ぎ、裸になってしまった。これを後ろに続いていた護衛のパトカーに乗るSPが目撃、何事かとパトカー内に、一瞬、緊張が走ったことがある。田中は狭い車の中で、次の予定のゴルフのために早々とウエアに着替えていたのだった。また、ロッキード事件後には、ショットのとき『三木(武夫元首相)のバカヤロッ』と気合いをつけて打っていた。『ことの外、これがよく飛ぶんだ』と言っていた」

 幹事長を更迭されゴルフで無聊を慰めていたそんなさなか、田中をかう周辺議員から、「あれだけの男を遊ばせておくことはない」との声が出始めた。田中はある決心を胸に、腰を上げることになる。
(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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