林ゆめ 2018年12月6日号

プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「ブロック・レスナー」“強さ”でプロレス界を制圧した特別な存在

掲載日時 2018年06月22日 16時00分 [スポーツ] / 掲載号 2018年6月28日号

 『レッスルマニア34』の終了後にはWWE離脱とUFC再復帰を噂されたブロック・レスナーだが、WWEとの契約は継続しているようだ。
 プロレスと総合格闘技のトップ団体をてんびんに掛けることのできる人間は、いま現在、レスナーをおいて他にない。

 「最強のプロレスラーは誰か?」
 いつの時代もファンの間では定番の問答だが、その正解に最も近いのがレスナーであろう。
 学生時代には数々のアマレス大会で活躍し、猛烈なスカウトを受けてWWEに入団すると、下部団体で1年半ほど経験を積んだ後、2002年に一軍昇格。それからわずか5カ月後には、絶大な人気を誇ったザ・ロックを破って団体最高位であるWWE統一王座を獲得した。これは当時の最年少戴冠記録であった。

 まさに筋肉の塊というべき肉体から繰り出されるパワフルかつスピーディーな技は圧巻の一言で、どんな巨漢が相手でも軽々と担ぎ上げて必殺のF5(旋回式フェイスバスター)を決めてみせる。
 さらには、トップロープからのシューティングスター・プレスまでも繰り出す身体能力の高さもあって、そのあまりの強さからヒールでのデビューにもかかわらず、ベビーフェイス並みの人気を獲得することになった。

 WWEでは不可欠ともされるマイクパフォーマンスのほとんどをマネージャーのポール・ヘイマンに任せ、リング上での闘いだけでトップに上り詰めたことも特筆に値する。
 「この当時の最も有名な試合の一つが、ビッグ・ショーとの“リング崩壊マッチ”でしょう。試合終盤、コーナーポスト最上段に上ったレスナーが体重200キロのビッグ・ショーをブレーンバスターで投げ落とすと、その瞬間にリング自体が崩壊してしまったのです」(プロレスライター)

 むろんこれは事故ではなく、団体によって仕組まれた“演出”には違いない。バトルロイヤルでは10人以上の選手がその上で闘うこともあるのに、いくらトップロープからの衝撃があったとはいえ、それでリングが壊れることなどあり得ない。
 これが他の選手であれば茶番と非難されそうだが、そんなことを思わせないだけの説得力がレスナーにはあるのだ。
 「そもそも200キロの相手を簡単に投げることが、レスナー以外では考えられないことですから」(同)

 プロレスだけでなく総合格闘技にも進出したレスナーは、'07年の『Dynamite!! USA』でデビュー戦勝利を果たすと、'08年にはUFCに参戦。キャリア4戦目でランディ・クートゥアを破り、世界ヘビー級王座を獲得している。
 レスリング仕込みのタックルで倒し、抑え込んでパウンドというのが、総合での必勝パターンであった。
 「アマチュア時代から変わらず、週4ペースでハードなウエートトレーニングをしているらしく、ベンチプレスでは300キロ近くを上げるとも聞きます。余計な筋肉は体が重くなるため、格闘技においてはむしろ不利だともいわれますが、レスナーにそんな常識は関係ないようです」(格闘技記者)
 ただし、'16年に元K-1王者のマーク・ハントと対戦した後は、ドーピング違反が発覚して出場停止処分を受けているのだが…。

 日本においては'05年から新日本プロレスに参戦。初登場でいきなりIWGP王座を獲得すると(藤田和之、蝶野正洋との3WAYマッチ)、中西学、永田裕志、中邑真輔、曙らを相手に防衛を重ねた。ただし、ギャラの高さゆえにビッグマッチ限定の参戦にとどまる。
 「NFL挑戦のため'04年にWWEを退団したものの、夢を果たせなかったレスナーにとって、新日参戦は次の働き口が決まるまでのアルバイト感覚だったのでしょう。ファイト自体も懸命さが感じられず、大きなインパクトは残せませんでした」(前出・プロレスライター)

 さらに、'06年には棚橋弘至との防衛戦を拒否して、ベルトを持ったままトンズラをかましている。
 「すでにこの時は総合参戦に向け特訓中で、おそらくは棚橋にベルトを渡すアングルだったはず。それが気に入らなかったというのもあるでしょう」(同)
 なお、棚橋の決めゼリフである「愛してます!」が生まれたのは、このレスナー戦の代わりに行われたIWGP王座決定戦に勝利したリング上でのことだった。

 現在のレスナーの動向はその新日参戦時と似ており、ドーピング違反でUFCから出場停止処分を受けた謹慎中に、WWEのリングへ上がっているような状況だ。
 それでもレスナーの格は落ちない。ビッグマッチ限定の参戦にもかかわらず、'17年度の年俸は団体中2位の650万ドル(約7億円=経済誌『フォーブス』による推定値)だという。
 これほどの特別待遇は、やはりUFCでの実績があってのこと。エンターテインメントショーを明言するWWEにあって、なおその強さに対価が払われるということからも、レスナーがいかに特別な存在であるかがうかがえよう。

 試合をすっぽかそうが、パートタイムでの出場であろうが、ファンや関係者も「レスナーなら仕方ない」と思わざるを得ない。強さでプロレス界を制圧したという意味では、歴史的にも希有な例と言えそうだ。

ブロック・レスナー
1977年7月12日、アメリカ合衆国サウスダコタ州出身。身長191㎝、体重130㎏。得意技/F5、キムラロック

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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