彩川ひなの 2018年7月5日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 海部俊樹・幸世夫人(下)

掲載日時 2018年03月04日 14時00分 [政治] / 掲載号 2018年3月8日号

 「クリーン」イメージで出発、内閣支持率も高かった海部政権ではあったが、政権発足1年目、突然の舞台の暗転を余儀なくされた。
 折から、東西冷戦雪融けの象徴であったベルリンの壁の崩壊、ソ連邦の解体といった激動の中で、イラク軍のクウェート侵攻に始まった湾岸戦争に直面した。ここから小派閥出身ゆえ政権基盤の脆弱さを暴露、最大派閥・竹下派の意向に翻弄され続け、独自色をまったく放擲してしまったのが暗転への舞台裏だった。

 海部首相は湾岸戦争に際し、当初、米国の強い要求により米軍など多国籍軍に90億ドルを拠出、その後、再度の要求を呑んで総額130億ドルものカネをつぎ込んだ。しかし、米政府と自民党の一部から「カネだけでなく人的貢献もすべき」との突き上げを受けると、こんどは掃海艇の派遣を決めるといった具合で、政権の主体性はズルズルと後退した。
 そうした中で、竹下派内で剛腕ぶりを発揮し続けていた当時の竹下派会長代行にして幹事長の小沢一郎が主導し、自衛隊を国連のPKO(平和維持活動)の「協力隊」という名目で、PKO協力法案を提出することになった。だが、この法案の中身がなんとも杜撰、さらには、自衛隊の海外派遣を危惧する世論の反対も根強く、法案は衆院段階で廃案を余儀なくされるなど、海部政権はもはや主体性を完全に失っていったのである。
 同時に、竹下派内も小沢氏の“突出”ぶりから大揺れ。結局、海部政権では自民党はもはやもたずということで、竹下派主導で政権に幕が引かれ、後継首相に宮澤喜一を担ぐという手に出たのだった。

 その宮澤政権にも不満だった小沢は、「もはや政権交代可能な新党を結成するしかない」として、のちに新進党を立ち上げることになる。そこではナント、自ら失望したハズの海部を党首にという“奇策”に出たのだった。自民党内からは、「一体、海部はどうなったんだ」の声も飛んだのである。
 この時点、平成7年(1995年)1月の通常国会では、折からの「阪神・淡路大震災」関連が焦点だったが、晴れがましくも衆院予算委員会質問のトップバッターに立った新進党党首の海部には、もはやかつてのような弁舌のキレはなく、存在感再び、もなかった。

 一方で、妻の幸世と言えばこの新進党でも「オルガナイザー」の戈を発揮、新進党衆院議員10人の夫人部隊を結成するや、被災地の神戸に入って豚汁などの炊き出しに赴いたものだ。もっとも、この「内助の功」も現地にいたのはわずか半日。メディアからも、「こんなにすぐ帰ってしまうのは、単なるパフォーマンスではないのか」の声も出たのだった。
 その後、案の定というべきか、この新進党も党内問題が勃発して迷走、支持率も低迷する中で出たのが「女性党首」案であった。当時の新進党担当記者のこんな証言が残っている。
 「どうやら小沢一郎の案のようだった。女性支持層の拡大のため、思い切って女性党首として海部の幸世夫人を立ててはどうかということでした。『元ファースト・レディの肩書きは強いぞ』という読みでもあったようだ。ところが、幸世夫人は外見もハデ目だったことから、『もう少し庶民派のにおいが欲しい』という声が多数出、結局、ご破算になった」

 実は、海部が首相の頃、ウソかマコトか海部の女性問題に関する一部メディアの報道が出たのだが、なるほど当時の竹下派議員からは、こんな声が聞こえたものだった。
 「あのカーチャンでは、海部が浮気なんかできるはずがないね。海部は恐妻家にして愛妻家、敬妻家で、あの記事は一発でデタラメと思った」

 一方、長く海部と親しかった政治部記者のこんな証言も残っている。
 「海部は若いときから肉が大好きで、野菜類はほとんど食べず、三木内閣の官房副長官時代、激務も手伝ってぶっ倒れたことがあった。それを知っていた夫人は、結婚後、『そんなことではダメ』と一喝、野菜中心のオリジナル惣菜を無理に食べさせた。それ以後、海部は元気モリモリに変身したのです。
 一方の夫人と言えば、長い間、美容体操、愛犬を連れての約5キロ、皇居1周の散歩も欠かさぬ日々を続けた。加えて、ファッション・センスもなかなかで、還暦を超えても10歳くらいは若く見えた。音楽も趣味の一つで、ベートーヴェンを聴いて『今日1日のヤル気が鼓舞される』と言っていた。夫人あっての海部、夫人に尻を叩かれ続けた海部と言っていいのではないか」

 海部は、結局、新進党で小沢と合わず、また自民党に復党するという迷走を続けた。そのうえで、平成21年(2009年)年8月の総選挙で落選、政界引退を余儀なくされている。それを境に、幸世の話題も海部の得意の弁舌も、以後、パッタリ姿を消したのだった。
=敬称略=
(次号は宮澤喜一・庸子夫人)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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