菜乃花 2018年10月04日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第18回

掲載日時 2016年05月11日 10時00分 [政治] / 掲載号 2016年5月12・19日合併号

 「まだ当選1、2回くらいだったかな、田中は『まず道路だ』と言ったな。『道路がないから流通もうまくいかない。出稼ぎもなくならない。文化も入って来ないのだ』と力説しておった。しかし、どんな代議士もやってくれない。そこでわれわれは田中に賭けたんだ。新潟3区内にボチボチ後援会らしきものができ、やがてそれが燎原の火のように網の目のように広がっていった。越山会の名のもとに3区内の市町村にくまなく支部ができ、『越山会に非ずば、人に非ず』と言われるようになったのは昭和30年代の後半、田中が自民党政調会長のときだ。それまでは“農村型政治家”だったのが、田中はこれを機に一気に“中央型政治家”へ開花することになったのです」(古志越山会の古老)

 「越山会」−−。田中角栄がその選挙区〈旧新潟3区〉内33市町村に築き上げた前代未聞、空前絶後の強大無比の後援会組織である。最盛期、全国の自民党員1万5000人に対し、越山会会員数は実に10万人近くを誇っていた。県議をはじめとする地方議員も、「自民党公認」の一方で「越山会推薦」が付くか付かぬかで当落も決まるといったほどの“威力”を発揮したものである。
 組織はまず末端に長岡越山会、小千谷越山会といった名称の各地越山会が300ほどあり、その上に郡市単位で選ばれた幹部が郡市連絡協議会を組織、会員間の意思疎通を図った。頂点はさらにそれを統括する新潟県越山会で、選挙の際などには県本部の号令一下、各地の越山会がフル稼動するといった完全なピラミッド型の巨大な“集票マシン”と言ってよかったのである。こうした形の国会議員後援会組織は、今にしても誰一人つくり上げていない。

 なぜ、田中はこうした組織をつくり上げることができたのか。理由は、大きく三つほどある。冒頭の古志越山会の古老の証言のように豪雪地ゆえに雪の季節になると身動きの取れぬ“辺境の地”にあえて踏み込み、その脱却のため道路の敷設などに全力投球、困窮住民の理解と期待を得た点。その田中を敬愛した組織づくりに能力を発揮した側近に恵まれた点。そして何より、田中が政治家として力を付ける中で、公共事業分捕りに腕力を見せたことにより、その配分の“報恩”が大きく左右したことがある。
 こうしたことが、田中の開けっ広げで陽気な性格も手伝って住民との連帯感も醸成、すなわち「情と利」が巧みに絡み合ったことで田中への強い求心力が生まれたということであった。事の良し悪しは別、現実として「情と利」の歯車が見事にかみ合った人間関係ほど強い絆が生まれることは言うまでもないのである。このことは、今日にしてあらゆる組織づくりの要諦となる。

 こんなエピソードがある。冒頭の証言をした古老の住んだ山古志村はその後、平成16年の「中越地震」で壊滅的な被害を受けたが、錦鯉の養殖と闘牛で知られたのどかな村として知られていた。その一方で、住民の大半は農業と副業で生計を保っていた。副業とは、この地では「出稼ぎ」を意味している。主な出稼ぎは、男なら10月末、新潟県内はもとより近県の群馬、栃木、埼玉へ酒造りに出、翌年4月末までは帰らないというケースが多かった。また、女の多くは愛知、岐阜、大阪などの紡績工場に女工として出、正月休みに帰ってくることが多かった。男は正月休みも取れず、豪雪に埋もれた屋根の下で家族は母と子供だけの寂しい正月を過ごすのである。

 例えば、山古志村が作成した文集「古志のふるさと」には、“父親のいない家庭”をつづった子供たちの作文が載っている。種苧原中学校(現・長岡市立山古志中学校)のある1年生女子は、こう記している。

その日、村の人たちは
出かせぎへ行ってしまいます
心配とため息を残しながら
「ただいま。父さん行ったの」
「ああ」
いつもと変わらぬ母の声
でも、家の中はなぜかガランとして
心なしか母の声も
無理しているように聞こえる

 やがて田中はこの“辺境の地”に道路を付け、出稼ぎの解消に道筋を示した。山古志村役場の統計によれば、昭和30年代に1000人近くいた出稼ぎ人口は、40年代に入るとおよそ半数になり、田中が付けた道路が国道352号に昇格した昭和56年にはわずか120人と激減している。先の作文の暗い光景が一変したということであった。
 一方で、踵を接するように田中の山古志村での得票率も増え、昭和30年代には30%程度だったのが、40年代には何と60%台に乗り、以後そうした数字は一向に落ちることがなかったのである。(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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