葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(94)

掲載日時 2016年02月27日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年3月3日号

◎快楽の1冊
『夜の淵をひと廻り』 真藤順丈 KADOKAWA 2000円(本体価格)

 日々、地元のパトロールに命を懸けている交番巡査が主人公の連作短篇集である。彼、シド巡査(なぜかカタカナ表記)は、管轄内で知らないことがあると気持ちが悪い。すべての住民たちが心の奥底に隠している、暗部や犯罪性を知りたくなるのだ。もちろんすべての住民がそうではないだろうが、重大な秘密を隠している者を暴くのは、地元の平和につながる。ただ、その姿勢が熱心なあまり、シドはしばしばピンチに陥り、1冊全体がホラー・テイストを醸し出す。
 作者・真藤順丈は非常に優秀な小説家で、2008年に『地図男』で第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞した後、次々と新人賞を取り、その数は四つに上った。ホラーやSF、アウトロー小説など、一定のジャンルに捉われない筆力が高く評価されてきた。
 先に書いた通り、本書はまずシド巡査のキャラクターが面白い。単なる正義漢とは言えないし、偏執的なこだわりがあるようだ。だが、地元の平和を本気で願っているのだから、おかしい巡査とも言えない。このキャラクター造形が、作品全体の奇妙な味わいを生み出しているようだ。
 第2話の「優しい夜の紳士」は、シドがパトロール中に怪しげな老紳士と出会うところから始まる。任意で交番に呼ぶが、彼ははぐらかすようことばかり言い、果てはこの地元で起こる凶事はすべて自分と同化しているのだ、などと恐ろしげなことを言う。これに感化されたシドは、狂気に陥るホラー体験を経験する。
 ところが、ページが進むとストーリーのメーンは連続殺人事件の捜査に移り、まっとうな犯人捜しのミステリーになる。それでいて話の結末では最初の老紳士のエピソードがかかわってくる。こういうホラーとミステリーを見事に融合させるのが作者の手腕なのだ。複雑だけれど、ゆえに面白い短篇集である。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 風俗嬢が、女性にとって“稼げる”仕事だったのは、もはや昔の話。現在の風俗嬢たちは、貧困と隣り合わせ。そうした実態を、女性ライターの中塩智恵子さんがルポした本が『風俗嬢という生き方』(光文社/660円+税)である。
 実際、風俗は金になるといわれた黄金期はとうに過ぎている。新宿・歌舞伎町の浄化作戦に見られるように、2005年を境に状況は変わり始めた。代わって登場したのが、激安店だ。
 わずか数千円でデブ、ブス、ババアの嬢が接客し、ヌイてくれる。当然、店の取り分を差し引けば、彼女たちの収入は微々たるもの。それでも、その仕事でしか生きていけない女性が、風俗業界に確実に増えてきた。
 そして、今や若い嬢たちも、安い“賃金”で働かざるを得ないのが、この世界の実態だという。
 本書には、14人の風俗嬢が登場する。うち3人は、すでに業界を離れてOLなどに転職しているようだが、いずれも日々の暮らしに追われ、生活は厳しい。それでは、なぜ風俗で働くのかというと、答えは本人たちでさえ分かっていないようだ。将来は結婚し、ただ普通に暮らせればいいという、ささやかな願いが、読んでいて心に突き刺さる。
 以前の風俗嬢といえば、ブランド品と海外旅行が好きで、ぜいたくをしたいがために肉体を酷使している印象があった。だが、今や夢を追いかけることさえ、ままならない。社会の片隅で、時間に流されるようにひっそりと生きている女性たちの姿が切ない1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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