菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 橋本龍太郎・久美子夫人(下)

掲載日時 2018年05月28日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年5月31日号

 竹下登首相(当時)は、美男子ぶりが際立っていた橋本龍太郎と、俳優・歌手で圧倒的な女性ファンを持っていた杉良太郎を“比較”して、「“流し目”は2人ともいい勝負だわナ」と言った。橋本の女性人気が高く、選挙でも女性支持者がコロリと参るのは、ナルホドだと感心したということであった。
 その一方で、永田町での橋本の異名は、「風切り龍太郎」というものであった。田中角栄が「能力は同世代でピカ一。スパッと切れるカミソリの魅力がある」とタイコ判を押したほど頭脳明晰ではあったが、自信がいささか過剰で怖いものなし、肩で風を切って歩く姿、政治手法から付いたものである。
 また、陰口には「カマイタチ」というものもあり、これは論争でも橋本に食いつかれたら、血が出ても放してくれないほど痛い目にあうことから来ていた。新聞記者なども、ヘタな質問をしようものなら「勉強不足だ。出直して来い」と、木で鼻をくくるような“バカ扱い”をされる者もいた。のちに、橋本は橋本派の領袖となったが、親分となっても真の子分、側近がほんの一握りしかできなかったのは、こうしたことが原因だったとされている。
 のちに小泉純一郎が政権を取った際、政策に自信たっぷりの橋本が、小泉にアドバイスをしようとしたことがあった。小泉は橋本の話半分で、「総理はオレなんだッ」と、怒鳴り声を上げて一蹴したというエピソードもあったのである。

 こうした「風切り龍太郎」に対し、現在、テレビキャスターを務めている異母弟の橋本大二郎は、橋本が首相になった頃、こうした「兄貴」に対し、苦笑を交えてこんな兄弟愛あふれる“助け舟”のメッセージを明らかにしたことがある。
 「兄貴の“人望のなさ”がえらく話題になっているけど、これは昔ながらの筋を曲げない一本気のところから来ている。その意味では、“人望のなさ”はむしろ兄貴の勲章かも知れない。そういえば、子供の頃、スキーやスケートをやっても真っ直ぐ走り、ほとんど曲がる術を知らなかったからね」

 そうした一方で、橋本は省庁再編などの行財政改革にチャレンジ、将来の環境行政の重みを看破し、環境庁の省格上げや、旧日本電電公社、日本専売公社の民営化、国鉄の分割・民営化で実績を積み上げている。また、「厚生族のドン」として、時に懸案だった日本医師会を回しての健康保険法改正、また、長い間の懸案だった「スモン訴訟」も解決に持っていった。ここでは、田中角栄いわくの「能力は同世代ピカ一」を実証した形だったのである。
 しかし、好事魔多し。平成10年(1998年)の参院選で、それまで順風だった「橋本劇場」の舞台は暗転した。バブル崩壊後の不況のあおりも手伝って敗北、その責任を取らされる形で首相退陣をよぎなくされたのである。その後、いかにも負けず嫌いの橋本らしく、平成13年の自民党総裁選に「再登板」を狙って出馬、しかし、対抗馬の小泉純一郎の前に敗北を喫したのだった。その後、傷心の橋本に追い打ちをかけるように、橋本への『日歯連』(日本歯科医師連盟)からのヤミ献金疑惑が発覚するなど、晩節はかつての「風切り」ぶりは見られなかったのだった。

 そうした舞台暗転の中で、橋本は病魔に襲われた。平成16年6月、折からの腹痛が胆管虚血の診断を受け、即、大腸の大部分を切除するなどの大手術を受けた。それから1カ月ほど危篤状態が続き、7月1日、多臓器不全と敗血症性ショックのため、妻の久美子、5人の子供、そして異母弟の橋本大二郎に見守られて死去した。享年68であった。最期の言葉は、手術直前に次男・岳の選挙出馬のための講演会について、「オレがやらなきゃなぁ…」というものだった。
 遺体は、「最後に体をささげて医学に貢献したい」としていた橋本の生前の遺言どおり、病理解剖された。「厚労族のドン」として君臨した橋本の、最後まで見せた“誠実さ”“律義さ”ということのようであった。

 長かった結婚生活を振り返り、橋本が首相の座を降りた直後、妻・久美子はこう話したことがある。
 「もう政治家は辞めて、大学の先生にでもなってくれればいいですね。龍太郎さんは政治学より、むしろ歴史を語りたい人なんです。彼流のね。学校の先生っていいじゃない。夏休みもあるし。私の願いです」(『週刊朝日』平成10年8月21日・28日合併号=要約=)

 東京住まいの夫、岡山に張り付いて選挙区を守り続けた妻との40年近くに及ぶ「別居生活」の中で、「理想的な政治家夫人の筆頭」と言われた久美子の“懇願”はついぞ果たされなかった。
 次男・岳は、その後、橋本のあとを継いで代議士となり、久美子は変わらず岡山での息子の後援会活動の手助けに余念がなかった。「政治」の宿命の中で生き抜いた女性と言えた。
=敬称略=
(次号は小渕恵三・千鶴子夫人)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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