2020年の新型コロナ狂騒曲を振り返る

社会・2022-11-11 18:34
2020年の新型コロナ狂騒曲を振り返る
閉じる

ふと、2020年に流行り出した当時の新型コロナ騒動を思い出した。調べてみると日本で最初に感染者が確認できたのは、2020年1月16日だ。翌日の朝日新聞を見ても記事にはなっていない。

しかし海外のニュースはメディアで盛んに報じられ、1月15日、中国でのマスク不足が報じられると、日本の自治体がマスクを送るなどの支援をしている。日本も深刻なマスク不足になるのはその2~3カ月後のことだ。

朝日新聞の1月18日には、「新型肺炎、2人目死者 中国・武漢 タイでは感染2例目」と湖北省武漢市で2人目の死者が出ているという記事が出ている。まだこの頃には「新型コロナ」という呼び名はない。

日本で本格的に注目されだしたのは、2020年1月25日、豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」が香港から帰港したとき乗客の何人かに感染者が出たあたりからではなかっただろうか?

そして世界中がパニックになっていく。

同時にいろいろなデマが飛び交うようになる。

「このウイルスは耐熱性がなく、26~27度のお湯で死ぬ」
「花こう岩から出る紫外線が強い殺菌力を発揮する」
「中国の生物兵器が武漢生物研究所から漏れた」

などなどだ。

「トイレットペーパーの多くは中国から輸入しているから、トイレットペーパーが品薄になる」
というデマで、2月末から約1か月間日本中の店先からトイレットペーパーが消えた。

3月29日、タレントの志村けんさんの新型コロナ感染による死亡は、全国民に衝撃を与え、一気にこの感染症が身近なものと感じるようになった。

4月7日、政府は7都府県を対象に5月6日までの緊急事態宣言を発令。ちなみに4月7日の東京都の新規感染者はわずかに87人だ。

テレビの情報番組では、連日多くの時間を割いて、この感染症についてあらゆる情報を垂れ流し不安を煽っていた。
最近あまりお見かけしなくなったが「コロナの女王」と呼ばれた専門家と、電通発言で問題となったコメンテーター氏が「国民全員にPCR検査を~」と、叫び続けていた。
東京の感染者が100人台程度の頃で、全国でも数千人のときである。
全国民にPCR検査をするコストや、時間、それを行う人員を考えれば、どう考えてもあのときは無理であったし、効果は疑問だ。
政府がとったクラスター潰しや濃厚接触者の追跡調査も、果たしてどれだけ効果があったのか・・・

気持ちが悪かったのは、大量の「自粛警察」の出現である。そのパチンコ屋が標的にされたこともあった。
休業要請に応じないパチンコ屋は自治体によって店名をさらされ、パチンコ店に通う客をバカ呼ばわりする声がSNSに溢れた。
結局、パチンコ屋からクラスターなど出なかったのだが・・・

電車内で小さな咳をしただけで、周囲の人が離れていく。
他県の車のナンバーに「移動するな」と張り紙をする。
感染者差別やいじめも起こった。

飲食店で会話はマスクをして小声でと言われたが、現在、政府は基本屋外でのマスクは外していいと言っているのに、国民は屋外でマスクをして、飲食店に入ると外して普通に話している。いまや気にしているのは、感染より他人の目だ。

10年後、人は2020年のコロナ騒ぎを思い出し、何を思うのだろうか?

プロフィール

巨椋修(おぐらおさむ)
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、42歳で映画監督。社会問題、歴史、宗教、政治、経済についての執筆が多い。
2004年、富山大学講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。陽明門護身拳法5段。

関連記事
関連タグ
社会新着記事