大正時代 軍の秘密兵器を使って日本人の寿命を延ばした男がいた

社会・2021-03-03 18:21
大正時代 軍の秘密兵器を使って日本人の寿命を延ばした男がいた
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いまでこそ日本は世界トップの長寿国だが、明治・大正時代の平均寿命は43歳前後であった。当時の平均寿命は乳幼児の死亡率が大きく影響していて、約15%の乳幼児が死亡していたという。
(ちなみに現在の乳幼児死亡率は1.9%である)

それが大正10年ごろから、乳幼児の死亡率が減りだし平均寿命も延び出すのだ。

その時期に日本人寿命を延ばすのに一役買った男がいる。

その男の名は後藤新平。現在やっている大河ドラマ『青天を衝け』の主人公渋沢栄一とも関係の深い男だ。

後藤新平は、満州鉄道の初代総裁や逓信大臣をつとめた後、渋沢栄一から懇願されて東京市長となっている。この後藤新平東京市長時代に平均寿命が上がり出すのだ。いったい後藤新平は何をしたのか?

答えは水道水の改善である。な~んだと思うなかれ、当時すでに1千万人が水道を利用していた。総人口5千6百万人のうちの1千万人だから、水道は相当普及していたと言える。しかしこの水道、現代と違って殺菌されていなかったのだ。

後藤新平は政治家になる前、医者であった。ドイツの「コッホ研究所」で細菌の研究をし、のちに博士号も得ているほどの科学者でもあった。後藤はその時、抵抗力の弱い赤ちゃんが、雑菌入りの水を飲んでいるため死亡率が高いと知っていたのかもしれない。

折も折、シベリア出兵が終わり、軍部が秘密兵器である毒ガス兵器のため開発された液体塩素が余っていることを後藤新平は知っていたらしい。

軍部にも政界にも顔が利く後藤新平でなければ、軍事機密である液体塩素の存在を知ることはなかったろうし、高度な化学知識を持っていないと水道水を殺菌するという知識もなかっただろう。

後藤新平は、軍の秘密兵器を民間の健康のために転用したのである。現在の新型コロナ対策を自分の票にしたいポピュリズム政治家とえらい違いである。

プロフィール

おぐらおさむ
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、社会問題全般に関心が高く、歴史、時代劇、宗教、食文化などをテーマに執筆をしている。2004年、富山大学教養学部非常勤講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。空手五段。

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