日本資本主義の父 渋沢栄一は超性豪!

社会・2021-02-11 13:10
日本資本主義の父 渋沢栄一は超性豪!
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次の大河ドラマの主人公といえば渋沢栄一。銀行をはじめ明治日本に必要とされたありとあらゆる企業の創業に参画。渋沢栄一がいなければ、近代日本が誕生できたかどうかわからないほどの立役者だ。

若き日の渋沢栄一は農民の生まれながら、尊王攘夷思想にかぶれ、文久三年には高崎城乗っ取りをたくらんだり、横浜の外国人居留地を焼き討ちし外国人皆殺しを計画するなどしている。

文久三年は京都に新選組が生まれ、井伊大老が桜田門外で暗殺されるなど攘夷ブームのとき。まあ60年代の大学生の多くが学生運動にかぶれていたような時代の渦に巻き込まれていたのでありましょう。

明治維新後は民部省や大蔵省の官僚として活躍。役人を辞めた後は約480もの企業、約600もの社会事業の育成にかかわった偉人なのだが、あまり知られていない偉業として、当時、日本でも5本の指に入るくらいの女遊び大好き人間であったという。

明治時代の女好きとして有名なのは、初代総理大臣の伊藤博文。日本に首相官邸が誕生したのは、伊藤博文の女遊びが過ぎて、総理大臣であるにも関わらず、芸者屋にツケを払えなくなって自宅を取られてしまい、ときの政府が「大日本帝国の総理大臣に自宅がないとはみっともない」と、建てたものという説があるくらいだ。

渋沢栄一の場合、経済人なだけにさすがに自宅を取られるなどということはなかったようだが、最初の奥さんとの子は5人、その奥さんが亡くなって次の奥さんとの間に4人。渋沢にはお妾さんが3人いて、庶子として認められたのが4人いて、庶子として認められなかった子どもは、その他愛人も含めて、20人とも100人とも。

ちなみに正妻とお妾さんと同じ家に住んでいた時期もあり(これは勝海舟もそう)、お妾さんとの最後の子ができたのは渋沢栄一68歳のときだったんだとか。

このことはNHK大河では絶対描かれないと思うけど、大変は性豪だったんですねえ。

プロフィール

おぐらおさむ
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、社会問題全般に関心が高く、歴史、時代劇、宗教、食文化などをテーマに執筆をしている。2004年、富山大学教養学部非常勤講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。空手五段。

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