近代化とはシンプル化のことである。

エンタメ・2022-10-04 12:31
近代化とはシンプル化のことである。
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「近代化とはシンプル化のことである」といっても、ピンとこないかもしれない。しかしどうもそうらしいのだ。例えば服装。わずか30年ほど前では酷暑の中でもサラリーマンはみんなスーツにネクタイを締めていた。60年前、男性は皆、帽子をかぶっていた。120年前は和服が普通であった。上流階級のご婦人の正装は非常にゴチャゴチャしたドレスを着ていた。平安時代まで行くと十二単と恐ろしく着飾っている。ちなみに十二単の下に履く袴はこの時代下着であった。

ファッションの近代化とは着るものがどんどんシンプルになり、裸に近づいていくことでもあった。例えば我々が普通に外出のときに来ているYシャツは、元々下着である。下着であるゆえ、人目に付かないようにしていた。やがてYシャツを人目にさらしても恥ずかしくない時代がくると、次はその下に着るTシャツのようなインナーで外出しても失礼ではなくなった。これが1950年代のことだ。

建造物も同じだ。派手な外観は少なくなり、シンプル化してきた。日本家屋の場合、玄関は軽い応接の場所でもあった。そのため玄関は大きく、来客は式台に座って話すこともあったが、いまは来客自体が減って、玄関は応接の場でなくなりつつあり、とてもシンプルになってきた。

昭和後半期に警察官僚だった人の奥様から聞いたことがあるのだが、盆暮れになると奥様は、ずっと玄関に座布団を敷き座っているのだという。すると朝から夕方まで、部下かその奥方がお中元やお歳暮を持ってくるのでとても大変だったそうだ。

もちろん今の時代はそんな風習は、郵便や宅急便に取って代わられ、お中元お歳暮を贈っている人も、全体の20~30%程度しかいないそうだ。

かつては多くの儀式や風習に縛られていたのが、やらなくなったり略式で済ませたりするようになった。年始のあいさつの略式であった年賀状すら、20年前の半分になってしまった。

近年の断捨離ブームもシンプル化の一つだ。しかしいくらシンプル化が進んだとしても、人は裸では出歩かないだろうし、儀式や風習が無くなることもないだろう。またシンプル化とは単純化のことだが、いまの世の中昔にはなかった、複雑な面も出てきているように思う。さて、これからどうなることやら・・・

プロフィール

巨椋修(おぐらおさむ)
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、42歳で映画監督。社会問題、歴史、宗教、政治、経済についての執筆が多い。
2004年、富山大学講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。陽明門護身拳法5段。

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