悲劇の手洗いを広めようとした医師
社会・2021-06-12 18:43新型コロナの流行で、生活習慣が変わった人も多いことだろう。外から帰ってきたときの手を洗う習慣もその一つではないだろうか? 石鹸や消毒液を使ってこれほど手を洗うようになるとは、誰も考えていなかったに違いない。
医学的な意味で、手を洗うという習慣は、それほど古い時代にはじまったものではない。19世紀の中頃、ウィーンの総合病院に勤める医師ゼンメルワイス・イグナーツが、妙なことに気が付いた。
その病院には産科の病棟が二つあった。ひとつは男性医師と医学生が赤ちゃんを取り上げ、もうひとつは女性助産師が赤ちゃんを取り上げていた。
すると、男性医師と医学生が赤ちゃんを取り上げる病棟のお母さんの産褥熱(さんじょくねつ:出産後、子宮に細菌が入り込んで38度以上の発熱が出る病気)による死亡率が倍も多かったのだ。
ゼンメルワイスは、同僚医師が産褥熱で死亡した産婦を解剖中に指を切り、その後産褥熱と同じ症状で死んだのを見て「これは死体から、何か粒子のようなものが、医師の手を通して傷口から入り、発熱を起こすのではないか?」と、考えた。
男性医師や医学生は出産に立ち会うだけでなく、研究や勉強のため死体の解剖なども行っており、女性助産師は、死体の解剖は行っていなかったからだ。
そこで消毒液による手洗いを行って手術をしたところ、劇的に産褥熱が減った。
しかしこの時代、目に見えない細菌が感染症などを起こすとは考えられていなかった。
ゼンメルワイスは論文を発表するも、医学界の権威者から否定されバカにされてしまい、職さえ奪われてしまう。
ゼンメルワイスは失意のうちに心を病み、精神病院に入院。入院中に衛兵から暴行を受けて死亡してしまう。47歳であった。
ゼンメルワイスの死後、数年してパスツールが細菌論を発表し、ゼンメルワイスの手洗いや消毒の重要さが認められるようになる。その後、彼のおかげで無数の命が救われたのである。
プロフィール
おぐらおさむ
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、社会問題全般に関心が高く、歴史、時代劇、宗教、食文化などをテーマに執筆をしている。2004年、富山大学講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。空手五段。
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