ちょっと面白い明治時代の禁止令

社会・2023-01-26 18:16
ちょっと面白い明治時代の禁止令
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江戸時代が終わり明治時代がはじまった頃、日本は西洋列強にバカにされまいと死に物狂いで西洋化を目指した。
その中には、それまで当たり前だったことが西洋人から野蛮国と思われてはいけないと、いろいろと禁止したものがある。有名なところでは「廃刀令」、ちょんまげを切る「断髪令」などがある。

他にも東京府が出した【悪習五条の禁】がある。
その悪習五条の禁とは

・裸体などで往来に出ること
・男女混浴
・入墨(いれずみ)
・陰茎模型売買
・春画売買

である。
江戸時代の日本は裸に寛容な風習であり肉体労働者は、男はフンドシ、女は腰巻一枚で働いていた。
男女混浴は江戸時代でも何度となく禁止令が出ていたが、ちゃんとは守られていなかったようだ。

入れ墨もまた、裸文化の中で男のおしゃれとして職人などに定着していたが、入れ墨を人目にさらすことが禁じられたため、その後隠す美学が生まれたようだ。
またこの禁止令のため、アイヌや沖縄伝統の入れ墨文化も消えてしまうことになる。

おもしろいのが「陰茎模型売買の禁止」である。いまでいうディルドという大人のおもちゃを売るなという条令である。
つまりは禁止しないといけないくらい一般的であったのだろう。

陰茎模型は、男が女に使うか、女が自分のために使うためのものである。
この当時、キリスト教社会であった西洋では、本気で女性に性欲がないと信じられていた。

よって女性が自慰行為のためにこのような大人のおもちゃを使うとは、考えづらいものであったようで、中世・近世の時代の西洋絵画に、女性の自慰行為を描くものは極めて少ない。

しかし日本においては、陰茎模型を使用した女性の自慰行為を描く物語や絵は、実に多くある。
また、いまでもお城の発掘調査をやっていると、大量の陰茎模型が発見されることもあるそうだ。
奥女中のみなさまがご使用あそばされたものであるらしい。

大正時代、京都の性具専門店での客層は、芸者を連れた酔っ払いの旦那衆以外に、中流階級の若い奥様風、娘さん・女学生・尼さんと、当時は女性客が直接品物を買いにきていたという。

このように明治新政府は、西洋人から野蛮国と思われないように、涙ぐましい努力をした。
その努力はあるものは成功し、あるものは成功しなかった。

春画売買などはエロ本禁止のようなものだが、つい最近まで、あるいはいまでもエロ雑誌はコンビニに置いていて、子ども雑誌の横に売られている。こんなことは欧米にはあり得ないことらしいのだ。

プロフィール

巨椋修(おぐらおさむ)
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、42歳で映画監督。社会問題、歴史、宗教、政治、経済についての執筆が多い。
2004年、富山大学講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。陽明門護身拳法5段。

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