最後の将軍徳川慶喜と清水の次郎長
エンタメ・2021-09-14 20:18大河ドラマにも出てくる最後の将軍徳川慶喜と、有名な侠客清水の次郎長に、関係があったというと【?】と思う人も多いのではないだろうか?
侠客と慶喜と言えば、江戸の町火消の総元締め新門辰五郎の娘が慶喜の側室となっている。新門辰五郎は町火消だけではなく、浅草一帯を仕切る大親分で、そのため幕府から、浅草あたりの警備を任されるような人物であった。
辰五郎は慶喜が京都に上洛したとき、警備役として子分200人を引き連れて上洛するなど、慶喜と辰五郎の関係は深かった。
さて、清水の次郎長である。次郎長は甲州や東海で、博徒間抗争を繰り返しつつ、駿府(今の静岡県)に清水に一家を構えるのだが、時は明治維新の動乱期。清水港に幕府海軍の咸臨丸が修理のために寄港。
その幕府海軍に襲い掛かったのが、明治新政府軍であった。
幕府軍が白旗をあげて降参しているにも関わらず、皆殺しにし、遺体は海に捨て、清水の町人たちに「遺体を埋葬しようとする者は、反逆者として処罰する」と、高札を出した。
そのため、遺体は腐乱し、漁師は漁に出られない。そこで次郎長が「仏さんに賊軍も官軍もない」と、遺体を回収供養した。それに感心したのが後に明治天皇の侍従になる山岡鉄舟。二人は深い交流をするようになる。
一方、戦いに敗れた徳川慶喜が、明治新政府に謹慎を命じられた場所が、静岡であった。慶喜は多趣味な人で、油絵を描いたり、清水港で投網を楽しんだりしたという。その時の警護役が次郎長であった。
慶喜の警護を頼んだのが、新門辰五郎。慶喜は次郎長に警護の礼として、熨斗目(のしめ)という絹織物を送ったという。
次郎長は後にやくざをやめ、富士裾野の開墾や清水港の整備、英語塾を開いたりもしていたという。
征夷大将軍と辰五郎や次郎長といった一介の侠客が、深くつながったというのは、徳川15代において、このときだけであったかもしれない。
プロフィール
おぐらおさむ
作家、漫画家。22歳で漫画家デビュー、35歳で作家デビュー、社会問題全般に関心が高く、歴史、時代劇、宗教、食文化などをテーマに執筆をしている。2004年、富山大学講師。 2008~2009年、JR東海新幹線女性運転士・車掌の護身術講師。空手五段。
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